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くろかわ征一が、「2004年4月18日」より日頃感じたことを、毎日書き綴っています。     以前の  ん!雑感 > >

   緊急のお知らせ!

      巨大(震度7)・南海地震の講演会開催について

  政府は今年3月31日、マグニチュード9.0の規模で震度7の揺れが生じた場合、津波最大34・4mが襲うと衝撃的  な数字が発表された。
  この巨大南海地震で、三好市は、震度7の揺れとなり、木造住宅の約90%が全半壊すると専門家は述べています。
 政府・中央防災会議の主要なメンバーで、南海地震に詳しい高知大学の岡村 眞(まこと)教授を招いて、講演会を次  の通り開催します。
  「備えあれば憂いなし」の諺どおり、地震についての勉強会に、ご近所お誘い合わせのうえ、ご参加ください。

    と   き       2012年5月24日(木)午後1時半から

    と こ ろ      池田総合体育館サブアリーナ

    内   容      巨大(M9.0、震度7)・南海地震にそなえる

    講   師      理学博士・岡村 眞(まこと)総合研究センター特任教授


2012年5月20日(日)           県立三好病院改築起工式

 20日、徳島県立三好病院の起工式が行われた。三好病院は昭和56年に建築されたために、耐震基準に達しておらず、早期の改築を求めてきた者として感慨深い。三好病院は救急病院で、災害時の拠点病院であるから尚更だ。

 三好病院は、8階建てで、屋上にはヘリーポート(飛行場外離着陸場)がある。四国中央部の医療の拠点病院を目指している。完成は、2014(平成26)年3月末となっている。仏作って魂を入れるよう、充実した医療体制を願う。

 日本で金環日食が観測されるのは1987年の沖縄以来。東京では173年ぶり、大阪では282年ぶり、名古屋では932年ぶり。今回のように日本の広い範囲で金環日食が見られるのは、平安時代末期の1080年以来だという。

 次回2030年の金環日食が観測できるのは北海道のみだ。 5月21日朝、金環日食は九州南部で7時20分ごろに始まる。その後、高知で7時25分、静岡で7時29分、東京で7時31分に始まり、それぞれ金環日食が数分間続く。

 金環日食にならない地域でも、太陽が大きく欠けた様子を観測できる。なお、太陽が大きく欠けているときや、薄曇りのときでも、太陽を直接見ることは非常に危険だ。日食専用のグラスや遮光板を使用するようにしよう。

   

  三好病院高層棟改築工事起工式    挨拶する飯泉嘉門徳島県知事    片岡善彦徳島県病院事業管理者


2012年5月19日(土)           安全対策も「御手盛り」

 「御手盛り」を広辞苑でひけば、@自分で食器に食物を盛ること。A自分の利益になるように自分で取り計らうこと。「御手盛りの給与引き上げ」などと例示もあった。こうした「御手盛り」が原子炉の安全性テストでやられていた。

 5月19日付けの「赤旗」によれば、政府が再稼働を急ぐ関西電力大飯原発3、4号機の安全性を評価したストレステスト(耐性試験)の作業を、同原発の原子炉を製造した三菱重工業が行っていた事が判明したと報道している。

 三菱重工業はその他の原発のストレステストにもかかわっている。客観的に行われるべき安全評価が、第三者機関でなく原子炉製造メーカーによって行われている実態は、審査体制の欠陥と「御手盛り」ぶりをあらわにしている。

 三菱重工業は、昨年7月、政府がストレステストの実施を表明すると、原子力事業本部内にストレステスト実施のための「安全高度化対策推進室」を新設する事を決めている。「御手盛り」で、安全対策をないがしろされてはたまらん。

 原発の利益に群がり、原発推進の立場に立った三菱重工業が、安全評価を行うことが適切なのか、厳しく問わなければならない。野田内閣が、原発再稼働で「前のめり」になっているのは、誰のためなのかを国民はよく分かっている。

                 

              花に水をやる妻と孫                  シャクナゲを眺める孫


2012年5月18日(金)          県土整備委員会の県央視察

 日中の温度計は真夏並みだが、朝夕は肌寒さを感じる。そのため、体調を崩したり風邪をひくようだ。孫の尚志が下痢と嘔吐を伴う風邪をひき、18日保育所を休んで、妻が医者へ連れて行き診てもらった。

 医者の話によれば、「保育所などで風邪が流行っている」との話。本日は、県土整備委員会の県中央部の視察。朝、列車で県庁へ。国直轄事業の国道192号徳島南環状道路整備や環状道路末広大橋の耐震補強工事現場を視察。

 県土整備局徳島庁舎での概況説明等があった。12時半から昼食、午後1時〜国直轄の河川改修工事今切川の堤防補強工事を視察。震度7の地震と津波で、堤防が決壊しないように矢板を打って補強工事をするとの説明。

 その後、危機管理部所管の「防災センター」へ。防災センターは県下の常備消防や消防団の人材育成を行いながら、県民の安全・安心の確保を目指している。地震の大きさを体験できる「起震車」も設置されている。

 「防災センター」は8年前、板野郡北島町にでき、へりポートの基地も最初から設置された。近辺には、大型の量販店が立ち並ぶ商業施設のド真ん中にある。ここからは、県下の多くの有為な人材が巣立っていった。


2012年5月17日(木)             国を支える人口減少

 自然の力に、怯える昨今。気象庁から雷注意報がでると、先般の関東地方を襲った「竜巻」や雷を思い出す。17日の夕刻、雷がなり響いたとき、徳島県西部ライフサポートセンターの総会出席者も異口同音に語っていた。

 東みよし町加茂で開催された、ライフサポートセンター第7回総会の来賓あいさつで人口問題を語った。徳島県内の人口は2010年79万人、2025年は70万人と想定されている。県人口の最高値は、1955年の88万人であった。

 こうした人口の推移は、長寿化は世界一だが、将来の若者の人口が減少の一途であることを如実に示している。具体的には、生産年齢人口(15歳から64歳)にしめる高齢者(65歳以上)の割合は、1955年8対1であった。

 いわゆる、8人の生産年齢人口が1人の高齢者を支える仕組みであったが、今日(2010年)は2.3人で1人を支える事態。2025年は1.6人の生産年齢人口が1人の高齢者を支えると想定される。これは、県全体の状況だ。

 県西部地域を見た場合、さらに深刻さを増しているのは言をまたない。子どもがいない、働き盛りの若者もいない、65歳以上の高齢者ばかりの地域が続出しているからだ。打開の方策はないのか。何とかしなければと悩む昨今だ。
 

2012年5月16日(水)            長尾氏の死を悼む

 真夏日となった16日、ウオーキングも午前6時〜、6km踏破。9時半過ぎてから、池田ケーブルテレビへ、「南海地震講演会」のテロップで協議に行き、17日の木曜日から1週間放送することが確定。

 10時に池田ケーブルテレビを出発し、西祖谷山村で開催された「西祖谷山村戦没者追悼式」へ。11時10分前に到着し、式典に臨む。12時前に、式典を中座し、東祖谷栗枝渡へ。

 栗枝渡では、戦前に社会正義を貫いたために、特高警察に殺されたという「長尾孫夫」さんの生誕100年祭が午後0時〜執り行われた。長尾さんは東祖谷栗枝渡で生まれ、旧徳島中学、高知高校(現高知大学)、京都帝大へすすむ。

 長尾孫夫さんは京都帝国大学在学中、学問の自由弾圧事件として知られる1933年の『滝川事件』に反対し、特高警察から拷問を受けた。獄中で腸結核を患い、26歳で亡くなった。

 長尾さんは在学中、旧制高知高校の寮歌「時の流れに」を作詞した。16日は県内外の高知高校OBらが30人ほど集まり墓前で寮歌などを歌った。長尾さんは、東祖谷山村から初めて育英資金を受けた前途有望な若者だった。

   

     長尾孫夫氏の生誕100周年を三好市東祖谷栗枝渡の墓前で、旧制高知高校のOB等が執り行った。


2012年5月15日(火)            人間は勝手な動物

 人間つくづく「勝手な動物」だと思う。日照りが続けば雨が欲しい。雨が続けば太陽を恋しがる。いまは、雨と晴天が日替わりのごとく、あるいは曇り空の順番だ。茶摘み、田植えと、天候が気になる五月空だ。

 天候は自然現象だからやむを得ないが、人と人のかかわりでも「勝手な動物」だ。今年の2月の末から長男と孫(男)が拙宅に「居候」をしていた。約70日ほど滞在したが、2番目の孫(女)が無事出産したので自分の住まいへ帰った。

 滞在中、妻は食事、洗濯、保育所への送迎等で悪戦苦闘した。そうした時は、居候のお蔭で「肩はこる」、ウオーキングも十分できない、百姓もできない等と悔やんでいた。ましてや、風邪や怪我などがあると大変だから当然だ。

 こどもの日から、長男夫婦と孫二人は、居なくなった。それから、10日あまりが経過した今は、家の中の片付けも十分できたが、心の中は寂しさでいっぱいだ。本日、妻は保育所から長男夫婦の住んでいる家まで、孫を送り届けた。

 しかし、孫が我が家に行きたがったので、連れて来たというのである。どうも、妻の心境も私と同じようである。「居候」もおればうっとうしい、おらなければ寂しい。それでも、3時間ほど滞在した孫も、父親が迎えに来たので帰宅した。


2012年5月14日(月)         大飯町議会の原発再稼働容認

 午前中は、パソコンのリニューアル。午後は5月24日(木)開催の「南海地震」の講演会への呼びかけに奔走した。関西電力大飯原発3、4号機の再稼働が、夏の電力不足と相俟ってかまびすしい。

 地元の大飯町議会は14日、再稼働へ「賛成」の方針を多数決で決めた。議長から報告を受けた時岡忍町長は記者会見し、「考えをまとめねばならない。今の状況はでは即容認というわけにはいかない」と慎重な姿勢を表明。

 この日の協議会では、各議員が日頃聞いた住民意見を基に再稼働への見解を表明。「慎重な意見は思いのほか少なく、原発停止による町税収や交付金の減少を危惧する声が多い」「十分な安全性が担保されていることを認める」。

 「経済の活性化にためにも動かして欲しい」など容認論が相次いだ。反対した議員は「財政問題も安全が前提にならないと議論にならない。原発が止まっても、廃炉作業があり、雇用はゼロにならない」と述べた。

 東京電力が2008年、原子力発電推進の宣伝を含むメディア対策として64億円、自治体などへの寄付金として20億円を電気代に上乗せしていたと新聞に報道されている。大飯町の予算の60%が原子力関連からの歳入だ。


2012年5月13日(日)                先人の知恵

 本日も、早朝4km、夕刻3kmの計7kmのウオーキングができた。今年の1月から2月にかけて風邪をこじらせていた頃は、ウオーキングも十分できず、ましてや「徳島マラソン」へ向けての練習は皆無だった。

 いまは、歩きながら「ホーホケキョ」と鳴くウグイスの声を聞き、新緑から深緑への風情を楽しむ余裕と体力向上を心がけている。最近、古道、峠道、古文書など「古き」を尋ねるブームが起こっている。

 特に、昨年の3・11「東日本大地震」によって、100年単位から500年、千年、万年単位で、過去の地震を調査する研究者によって、次の地震を予知しようと奮闘されているからでしょうか。

 身近なところでは、「蚊帳(かや)」の良さが言われている。強力な殺虫剤とクーラーの普及等でほとんど姿を消した「蚊帳」が見直されている。昨年からの節電ブームも相俟って、注目度は一挙に高まった。

 小さな子を持つ家族が、一つの蚊帳の中で川の字になって寝る「蚊帳の中のぬくもり」も、また格別だ。蚊帳を利用すると1度から2度ほど室温が下がるのも、先人の知恵といえる。夏は近い、昔の蚊帳があれば利用することだ。


2012年5月12日(土)              パソコンの充実

 本日も快調。起床は午前4時、新聞を5紙読んでから、朝食を6時に終えた。6時15分、いつものようにウオーキングへ。約6km、70分かけて、7時半ごろ帰宅した。途中で、顔見知りの方(Mさん)と立ち話をした。

 その方は女性で、私が朝食の準備や仏壇のお祭りも終えてからから、ウオーキングをしていることを告げると、ビックリしていた。Mさんは、ウオーキングを終えてから朝食の準備にかかっているようです。

 ウオーキング後、私の事務室の掃除にかかった。10時までにしなければならない。なぜなら、コンピューターの先生が、本日10時に来訪するからです。2時間半かけて、ようやく片付けも終わった。

 パソコンの先生は、約束の時間に来訪。今日は、デジタルレコーダーで録音した音声を、ペーパーに再現して貰う作業と「新四国曼荼羅八十八ヵ寺」などを「歩き遍路」の箇所に搭載する作業等をお願いした。

 音声再現の「ソフト」をインストール作業は、対応機種の関係で後日に持ち越した。2012年1月から3月の「雑感!」をオールド雑感への移動も終えた。また、動画の視聴もできるようになった。さらに、充実しますからご期待下さい!


2012年5月11日(金)          眠る郵貯・簡保607億円国庫へ

 70日あまり「居候」した孫が居なくなって1週間が過ぎた。拙宅で可愛がっていた孫が居なくなると寂しくなった。それで11日、妻に保育所の送迎をさせてくれと申告し、久しぶりに孫「尚志」の顔を見た。少しは落ち着いた。

 払い戻しを受ける権利が消滅した郵便貯金や満期後に受取人が現れず時効を迎えた簡易生命保険金が、2007年の郵政民営化から4年間で計771億円に上るこが会計検査院の調べで分かった。

 会計検査院は11日、経費などを差し引いて607億円について、「整理すべき不要な利益にあたる」と指摘。総務省に速やかに国庫に入れるよう求める意見を示した。長期間放置した郵便貯金は「睡眠貯金」と呼ばれる。

 郵政民営化前に預け入れた定期貯金は満期から10年間放置されると、本人に通知された上で、「睡眠貯金」扱いとなる。さらに、10年後に催告書が送られるが、それでも、反応がない場合は払い戻せる権利が消える。

 満期が来た簡易保険金は受取人に案内が送られ、5年が過ぎると時効となる。ただし、その後も請求があれば、機構は支払いに応じている。「権利のうえに眠る者は保護に値しない」という法格言どおり、国庫に入れるべきだ。


2012年5月10日(木)             九州大学「婚学」を開講

 九州大学(福岡市)は今年度、結婚について学ぶ1年生対象の教養セミナー「婚学」を開講。晩婚化が進む背景に、若者が対人関係を苦手にしていることなどがあるとして、コミュニケーションの能力を磨く。

 恋愛を取り巻く諸事情も伝授したりする異色の講座。倍率は5倍に達する人気。担当する佐藤剛史助教(農学)は、お金や働く意味を考えるキャリア教育を続けてきたが、非婚や晩婚化、離婚率の上昇、「婚活」ブームにも着目したという。

 「勉強や就職ばかり気にして、学生時代に『結婚』『家族』の大切さを考えないまま将来設計をしている」として「婚学」の必要性を思い立った、という。講座に学生約150人が申し込み、男子16人、女子13人の計29人が受講している。

 最初の授業では、佐藤助教がコミュニケーションへの自信を質問。多くの学生が「話が続かない」「切り出し方が分からない」と苦手な理由を並べた。佐藤助教は「まず前向きに話を聞くこと」と助言。

 11年版子ども・子育て白書(10年の概数値)によると、日本人の平均初婚年齢は男性が30.5歳、女性は28.8歳で、35年前に比べ3〜4歳上昇している。私は38年前27歳、妻25歳で結婚。こども3人のいわゆる団塊の世代。


2012年5月9日(水)          小沢裁判の控訴は無茶

 『脳を創る読書』(著者/酒井邦嘉、出版元/実業之日本社)という本が話題になっている。現在、出版業界では各社とも電子書籍の普及に注力しているが、本書は改めて「紙の本」の良さを脳科学的に提示している。

 ひらたく言えば、なぜ私たちたち人間に「紙の本」が必要なのかを述べている。紙に印刷された「文字」が「脳」に与える効果とは一体? 電子書籍と「紙の本」の違いはどこにあるのだろうかなど興味津津だ。

 民主党は小沢一郎氏の無罪判決を理由に、8日の常任幹事会で党員資格停止処分の解除を正式決定。小沢氏は昨年2月の処分決定以来、約1年3カ月ぶりに党員資格を回復し、9月の党代表選へ出馬することも可能となった。

 しかし、検察官役の指定弁護士は9日、東京地裁が下した「無罪判決」を不服として控訴を決めた。これで、小沢氏は刑事被告人の立場が継続、「完全復権」は先送りとなった。東京地検特捜部が二度にわたって不起訴にした事案をだ。

 東京地検が検察審査会へ提出した「報告書」の改ざん等にみられるように、異常な政治裁判になっている。国策裁判といえるような事態がさらに継続されことになった。「法と証拠」に基づく司法が、「証拠改ざん」とは到底容認できない。


2012年5月8日(火)             原発再稼働反対全会一致

 岐阜県議会が8日開かれ、関西電力大飯原子力発電所(福井県おおい町)再稼働で国に慎重な対応を求める意見書案を全会一致で可決。民主党系の県民クラブ(8人)も「地方から見て拙速の感は否めない」などとして賛成した。

 意見書では、国が示した再稼働の安全基準を「政治判断の名のもとに専門知識のない4大臣が決定し、何の法的根拠もない。福島第一原発事故の検証も不十分なまま策定された」と疑問を投げかけ、地元自治体の同意は必ずしも再稼働の前提条件ではないなどと閣僚が発言したことを「地元の意思を軽視するかのような発言」と指摘。こうした政府の対応を「法の趣旨や行政の手続きを無視し、地元を軽視した、あまりにも稚拙で不見識な手法」と厳しく批判している。

 一方、県民クラブの伊藤正博代表は「原子力政策は自民党政権が推進してきたもの」と強調しながらも、賛成した理由を「国民感情に照らせば、再稼働には慎重にならざるを得ない。国はエネルギー政策の考え方を国民に説明する責任があるが、現状は、それを果たしているとはいえない」と述べた。

 原発再稼働を巡る国と地方との認識の違いを改めて印象づけた。原発再稼働を巡る国の対応について、古田肇知事は「法とルールの下での検討がない決定でいいのかという疑問はぬぐえない」と語った。

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                       『さようなら原発5・5宣言』

 本日、北海道電力泊原発が運転停止、これで日本の原発54基のすべてが停止します。
 福島第一原発の爆発事故以来、一年二ケ月たって、ようやく、日本は原発の恐怖から解放されます。といっても、この必然的な大事故は人類にとって取り返しのつかないもので、いまなお、続いています。
 さらに、各地の原発のプールには膨大な数量の使用済み核燃料が貯蔵され、地震の恐怖に曝されていることにも、変わりがありません。
 この事故とその後の政府、東電の対応によって、原発社会の腐敗と非民主的な体質が明らかになりました。しかし原発全停止が切り拓いたのは、原発がなくとも、わたしたちの生活にはなんら不自由がない、という現実です。
 原発は「電力不足」という危機感を煽るだけの存在であり、虚構の存在だったことが明らかになったのです。
 わたしたちは、巨大なムダと放射能汚染の恐怖に支配されてきました。原発はこの社会のもっとも根本的なムダでもっとも危険な存在でした。
 いま原発全停止のもとで、ようやく得ることのできた、このさわやかな解放感こそ、政府と電力会社と原発メーカーが恐れていたものでした。
 わたしたちは、この日を記念して、脱原発への不退転の意思を固め、原発から一歩一歩遠ざかり、原発のない平和な社会にむかって歩いていきます。
 もうカネが支配する原発社会へはもどりません。
 さようなら原発、さようなら利権社会
 2012年5月5日

   内橋克人、大江健三郎、落合恵子、鎌田慧、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井喬、鶴見俊輔



2012年5月7日(月)        フランス大統領にオランド氏当選

 900棟もの建物を破壊した6日の突風は、国内で発生した竜巻としては過去最大級に匹敵するという。予測が難しく、対策も取りにくい竜巻の特徴が改めて浮き彫りになり、多くの教訓が残された。

 竜巻注意情報の対象地域はほぼ県単位と広く、台風情報などと同様の精度で予想するのは、現在の技術では難しい。昨年1年間では589回の発表があったが、予報が的中したのは8回だけだった。

 欧州債務危機への対策が最大の争点となったフランス大統領選の決選投票が6日行われ、野党社会党のフランソワ・オランド前第1書記(57)が保守系、国民運動連合(UMP)の現職ニコラ・サルコジ大統領(57)を破り当選した。

 社会党の大統領は17年ぶりで、ミッテラン氏に次ぎ2人目。オランド氏は、欧州連合(EU)各国の財政規律強化を定めた「新財政協定」の「再交渉」を訴え、緊縮策や格差拡大に不満を持つ有権者の支持を受けた。

 オランド氏は欧州危機や原発問題で掲げた政策転換を直ちに実行すると述べた。政権交代の影響は欧州、世界に及びそうだ。サルコジ氏は、経済悪化が強い逆風となり政権交代に追い込まれた。現職大統領の敗退は31年ぶり。


2012年5月6日(日)              いのち優先の政治

 今年のゴールデンウイークは、人災の交通事故と自然災害の恐怖に戦く日々となった。関越自動車の高速ツアーバス事故は、規制緩和(命より経済優先)という間違った政策の結末であった。この事故により7人の尊い生命が絶たれた。

 茨城県つくば市、埼玉県真岡市、仙台市などの竜巻や落雷による死傷は、自然災害の猛威であり如何しても防ぎきれない。しかし、原発事故や高速バス事故は、金儲け優先の強欲資本主義だから、方向転換はできる。

 フランスの大統領選挙では社会党のオランド氏勝利が、ギリシャでは与党の苦戦が報道されている。イギリスでも与党が大敗した。日本は、政権交代に期待した国民を裏切り、自民党政権時代と変わらぬ政治を強引に進めている。

 昨日から本日まで、婦人会、老人会、地域の自主防災など、日頃ボランティア活動を熱心にやられている皆さんに、「南海地震についての講演会」開催への、ご協力のお願いに東奔西走した。皆さん!快くお引き受け頂いた。感謝!

 あとは、5月24日の開催まで2週間あまりとなった講演会に、多くの皆さんのご来場を期待するばかりだ。「備えあれば憂いなし」の諺通り、大切な「いのち優先」の政策、政治を実現することに邁進しなければならない。

   

     シラン(池田町中西)           サツキツツジ(池田町大利)           ウツギ(池田町大利)


2012年5月5日(土)            こどもの日に決意

 きょう5月5日は「こどもの日」。同時に、全国の原発が一時的にせよすべて稼動停止する日となった。こどもの日について社説を掲げる新聞は読売、産経、東京。原発稼動停止について社説を掲げる新聞は朝日、日経、読売。

 しかし、こどもの日と原発停止を結び付けて社説を書いたのは東京新聞だけであった。原発ゼロ。特別なこどもの日。日本中どこの空にもこいのぼりが泳げるよう、大人たちが考え、話し合い、行動を始める日としなければならない。

 それは、被曝被害から国民を救うことだ。その中でも優先さるべきは子供たちを被曝から守ることだ。子供たちは被害をより受けやすいからだ。子供たちには未来があるからだ。

 皆がそう考えるならば、原発再稼動などの思いを馳せる余裕などないはずだ。一日もはやく脱原発の方向に向かって新政策を積み重ねていくべきだ。子々孫々のために、大人は行動する責務がある。

   

             鯉のぼりの後始末をする孫の尚志                           フジ


2012年5月4日(金)               核とは共存できない

 山は、新緑から深緑へ。新緑からの木漏れ日はきらきらし神々しい。松尾芭蕉はこの季節、「あらたふと青葉若葉の日の光」と詠んだ。今日は「みどりの日」だ。「目に青葉、山ほととぎす 初がつお」の季節だ。

 昭和天皇が亡くなって「天皇誕生日」だった4月29日が新たに「みどりの日」となった。生物学を好み、植物の調査研究にいそしんだ天皇をしのんで命名した。その後、この日は、戦後の激動から復興への「昭和の日」となった(2005年)。

 「みどりの日」が国民の休日だった5月4日に移り、7年になる。祝日が続くゴールデンウイークとなった。とにかく緑が美しい季節である。しかし、福島原発事故による、放射能汚染は、この美しい緑を享受できない。

 空気も、水も、緑濃き大地も、目に見えない「人類の敵・放射能」に、立ち向かうことができない、虚しい限りだ。人間はどうして、処理できないモノ(核及び核廃棄物)をつくったのか。人類は、「核とは共存できない」のに。

 みどりの日、新緑がいっぱいの我が家(池田町下尾後)で、「未来を憂慮する」朋輩があつまった。「巨大・南海地震についての講演会」を積極的に取り組むことで一致した。みどりは、「緑十字」に通じる「安全・安心」のマークだ。


2012年5月3日(木)            世界に輝く日本国憲法

 世界に民主化を説くアメリカの憲法は、急速に時代遅れになっている。一方、日本の憲法は今でも先進モデルである。米国の法学者たちが世界の国々の憲法を分析した結果、3日で「65歳」になるが世界の最新版とそん色がない。

 米国の憲法は女性の権利や移動の自由のほか、教育や労働組合の権利など、今では世界の7割以上が盛る基本的な権利が明文化されていない。一方、武装する権利という世界の2%しかない「絶滅」寸前の条文を大切に守っている。

 日本国憲法は、だれのためにあるのか。答えは前文に記されている。「われらとわれわれの子孫のために・・・・・、この憲法を確定する」と。基本的人権は、だれに与えられるのか。11条に「現在および将来の国民に与えられる」と。

 原発事故はすでに、何十年も消えない傷痕を残している。地球温暖化や税財源問題でも、持続可能なモデルをつくれるかどうかの岐路に立つ。ならば、いまの世代の利益ばかり優先して考えるわけにはいくまい。

 いずれこの国で生きていく将来世代を含めて、「全国民」のために主権を行使していかねばならない。憲法施行から65年、人間でいえば高齢者の仲間入りした憲法はいま、その覚悟を私たちに迫っている。


2012年5月2日(水)           脱原発をめざす首長会議

 野田内閣が強引に原発再稼動へ策動する中、原発ゼロを訴える「脱原発をめざす首長会議」が4月28日に発足した。全国の首長に参加を呼びかけた発起人の茨城県東海村の村上達也村長(69)は次のように述べている。

 「住民の命と財産に及ぶ政策を国だけに任せておくわけにはいかない。首長会議は、政治にインパクトを与えるはず」、と。この会議は34都道府県から67人の市区町村長が参加して、原発に依存しない社会をめざす会議となった。。

 彼らは住民から直接選ばれた首長だ。最も政治家らしい政治家だ。たとえ市町村長であっても本気で動けば国政を動かすことができる。この会議の顧問に就任した佐藤栄佐久前福島県知事(72)は次のように述べている。

 「国から県へ、県から市長村へそして住民へというベクトルを逆方向にしなければいけない」と。会議を立ち上げた発起人の一人である三上元静岡県湖西市長(67)も次のように語っている。「徒党を組めば大声になる」と。

 消費税増税反対、TPP参加表明反対、対米従属から脱却した平和外交の推進等、この国の未来を左右する大きな政策は、地方から声をあげていけばよい。「脱原発をめざす首長会議」がこの国のあらたな政治の起爆剤となる。


2012年5月1日(火)               メーデーを祝す

 雨が心配された労働者の祭典メーデー。曇天のなか2ヵ所のメーデー会場で激励と連帯の祝辞を述べた。午前中、初の参加となった第83回美馬地区メーデー。新緑と川面が織りなす河川敷での挨拶は、福島第一原発事故を糾弾した。

 史上最大の大惨事を引き起こした福島原発事故は、1年2ヶ月になるにも、いまだ警察や検察が東京電力関係者を逮捕した話を聞かない。一方の高速バス事故に対する対応とは「月とスッポン」の対応に、憤りを感じると不満を述べた。

 第83回三好地区メーデー。今年は西部地区労結成60周年記念の関係上、午後3時から池田町諏訪公園で、国会議員、県議、市議等の来賓も出席し、地区労関係者の参加と共に、盛大に開催されたあと、デモ行進をおこなった。

 閑散とする池田町商店街、「労働者の賃金を上げろう!中小企業守れ!憲法9条をまもれー!」などのシュプレーヒコールが木霊した。デモ終了後、へそっ子公園で、恒例の楽しい福引が行われ、子ども連れ参加者も大いに感激。

 午後6時からは、1951年7月1日に結成した西部地区労(県下で鳴門地区労についで2番目)60周年記念式典が盛大に開催された。平田三好市議、吉村英次前会長、小泉勝文みよし町職労に感謝状の贈呈があった。

   

  第83回美馬地区メーデーは美馬市美馬町の吉野川河川敷で行われた。       戸島地区労会長の挨拶

   

 美馬地区メーデー挨拶する黒川征一     武田喜善美馬市議の挨拶    三好地区メーデーで天羽強会長挨拶

   

 三好地区メーデー挨拶する黒川征一  三好地区メーデーに参加した来賓     諏訪公園でのメーデー参加者

   

   三好地区メーデーのデモ行進    池田町商店街をデモ行進する天羽会長  竹内義了・三好市職労連書記長

   

  メーデー参加者がデモ行進終了後「へそっ子」に終結し、集合写真      高井美穂衆議院議員と竹内義了書記長

   

  デモ行進終了後「へそっ子」に終結  西部地区労結成60周年・天羽強会長の挨拶  インターナショナルを演奏

   

  吉村英次前会長に感謝状贈呈   感謝状を頂いた小泉勝文みよし町職労 花束を貰った平田氏、吉村氏、小泉氏

   

    西部地労60周年記念式典に参集された皆さんの集合写真 2012年5月1日午後7:20 池田町ウエノ


2012年4月30日(月)             名前は「祐美」

 先日(27日)の朝日新聞に、京都市の放射線技師が原発再稼働について、「原発の運転は、正常に運転したとしても、必ずでてくるのが原発のゴミです。」と述べ、「原発のゴミは何万年も消えてなくなるものではない。」と投稿していた。

 「この原発のゴミを何万年も管理するには莫大な費用がかかる。このことを誰も多く語っていない。」と嘆いていた。まったく同感です。大飯原発の再稼働に反対が多いのに、野田政権は「前のめりで」ある。国民の安全より金儲け優先か。

 早産の心配があった7人目の孫。4月24日に無事誕生し、昨日(29日)退院した。7人の孫と大人8人、総勢15人の顔合わせとなった。内孫は二人となり、名前は「祐美(ゆうみ)」と命名。

 戸籍上の届出では昨日行い、命名式は本日おこなった。A4半紙に、私が名前を書いて神棚に奉納した。この孫が健やかに育つように、平和で安全・安心な社会を構築しなければならないと決意した。

 楽しいはずの連休が瞬時に暗転した。群馬県の関越自動車道であった高速バスの事故。四十六人の死傷者が出て、警察は強制捜査に着手した。コスト削減にかまけて安全を蔑(ないがし)ろにしていなかったか。

 ブレーキ痕はなく、運転席の速度計は時速九十二キロを指していたという。衝撃のすさまじさは想像を絶する。高速道路での単独事故としては史上最悪の惨事。これは、「規制緩和」という小泉純一郎内閣が進めた自由競争の結末だ。

   

    生誕6日の「祐美(ゆうみ)」            フリージア             満2歳の尚志(4月28日生まれ)


2012年4月29日(日)            野田内閣支持率最低26.4%

 共同通信社が28、29両日実施した全国電話世論調査で、野田内閣の支持率は発足後最低の26・4%まで下落した。消費税増税の前提とされる議員定数削減や政府の原発再稼働方針をめぐる安全性への不安が下げ要因。

 関西電力大飯原発3、4号機の再稼働には59・5%が反対し、賛成は26・7%にとどまった。本日、24日に生まれた7人目の赤ちゃんが、半田病院から退院した。母子とも元気、名前は息子が、市役所へ「祐美」と届出でをした。

 快晴となった29日、三好市文化協会山城支部総会があった。来賓挨拶で、5月24日午後1時半から、高知大学岡村眞教授による『大規模南海地震』についての講演会が、池田総合体育館で開催されるので参加して下さいと述べた。

 総会終了後、記念講演があり、芝原生活文化研究所の辻本一英代表から、「福をはこぶ三番叟」の講演があった。三番叟の歴史、国際性、有形文化、無形文化等について、分かりやすくお話がされた。

 阿波木偶箱廻しを復活する会の中内正子代表からは、三番叟の実演がああった。昔、懐かしい「恵比寿」さん等を観賞した文化協会の皆さんは、本当に楽しいひと時となった。もう少し時間があったらと思った。

   

 文化協会山城支部代表蔵下さんの挨拶   文化協会に参加した皆さんが辻本一英代表の講演を聞く

   

   辻本一英代表の講演                  中内正子代表の木偶廻し子供等

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2012年4月28日(土)             真夏日となった日本列島

 ゴールデンウイーク初日の28日は、全国的に今年1番の暑さとなった。高気圧に覆われた連休初日、朝から強い日差しが照りつけ、気温がぐんぐん上昇。全国で最も気温が上がったのは、岐阜県飛騨市の神岡で31.3度。

 この暑さの影響で、富山県魚津市では、春の蜃気楼(しんきろう)が現れた。海面付近の冷たい空気の上に暖かな空気が入るこの時期に現れる現象。蜃気楼の名所には、多くの人が訪れて、幻想的な風景をカメラ撮影した。

 28日の午前中、生誕地(池田町下尾後)へ。昼食は「おにぎり」で済ませた。布団を干したり、整理整頓をした後、地域の高齢者(11月10日で100歳になる方)宅を訪問し、昔談議に華を咲かせた。

 高齢者の方は女性で、耳も、目も達所で、記憶力は抜群、歩行も達者である。長男の嫁の方が、何かにつけて不自由している様子。100歳を目前にしてこれほど元気とは、素晴らしい一語に尽きる。

 夕刻は、松尾川温泉へ。多くの入浴者で、すぐに入浴ができず、30分ほど待たされた。帰宅途中、沖縄は「梅雨入り」となったとのカーラジオ放送には驚いた。桜前線北上中にも関わらず、日本列島の長さを実感した。


2012年4月27日(金)              大地震に備える

 24日(火)の早朝に誕生した7人目の孫(まだ名前がない)の顔を見るため、つるぎ町立半田病院へ。この世に生れて4日目、初対面となった女の赤ちゃん!体重も増加しているとのこと。元気で大きく成長して欲しいと願うばかりだ。

 昨日、高知大学の岡村教授にあったとき、緊急地震速報機が、有効だと話されたので、早速、電気店に行き注文を依頼した。その電気店には、在庫がなく連休明けには、入荷するとのことでした。

 岡村教授の話では、昨年の3・11東日本大震災でも、教授の教室に備え付けられている緊急地震速報機は、やかましく鳴り響いたとのことでした。「備えあれば憂いなし」の格言通り、防災・減災を「先ずは隗より」始める。

 今年3月31日に発表した中央防災会議の主要なメンバーである岡村教授に、三好市での講演を依頼したところ、快くお引き受け頂いた。5月24日の「防災講演会」に多くの皆さんが参加してくれように広報に努めなければならない。

 三好市で「震度7」に遭えば、昭和56年までの木造住宅は全壊率約90%、全半壊率約95%。昭和56年以降では全壊率約45%、全半壊率約80%と推計されている。簡単に言えば、震度7になれば木造住宅の約90%が全半壊となる。

            

              クンシラン                             ストレチア


2012年4月26日(木)         大規模地震の講演は5月24日

 26日の朝10時に拙宅をスタートし、高知県庁へ。途中、山城総合支所で大西守氏、ラピス大歩危で平田政廣三好市議が同乗、県庁には、丁度12時前に到着。高知県議会の坂本茂雄県議控室へ。

 昼食後、午後1時高知県庁を発ち、高知大学の岡村眞教授を訪ねた。岡村教授は大変気さくな方で、最初に「抹茶」を頂いた。その後、約2時間にわたって大規模地震について、地質学から説明を受けた。

 南海大地震が中央構造線と連動した場合、大変な被害がでる。その対策をどのようにするのか。三好市の場合、南海大地震で、震度7が想定されている状況下にある。緊急地震速報機なども準備する必要性を感じた。

 徳島県は、中央構造線に沿って吉野川があり、集落が形成された。なぜか、徳島高速道路は中央構造線のうえに態々つくられた。「大規模地震」についての講演依頼は5月24日、午後1時半から、池田総合体育館で行う事も決定。

 岡村教授は、海溝型大地震は15年以内に必ず起こる事を想定し、対策をとるべきだと強調された。来月の5月24日(木)には、多くの皆さんが、講演を拝聴して戴き、防災・減災を真剣に考えるスタート地点にしたい。

   

       理学博士・岡村眞高知大学教授から大規模地震について説明を受ける。於いて、高知大学岡村教室。


2012年4月25日(水)         石炭ガス化と汚泥乾燥

 24日に宿泊したホテルはJR小倉駅のすぐ前にあり、近くの小倉港には大型船(フエリー)が停泊していた。9時にホテルを出発し、約30分走って若松区のJ・パワー若松総合事業所に到着した。

 若松事業者はかって石炭火電を行っていたが、いまは研究・実験所になっている。石炭のガス化による発電を研究、正確には酸素吹石炭ガス化技術開発を手掛け、2016年には広島県竹原市大崎発電所(中国電力)で試運転予定。

 若松事業所では、石炭化によるパイロット試験をおこなっており、2013年度に試運転終了する。なぜ石炭なのか?他の化石燃料に比べて可採年数が長く、石油の2.6倍、天然ガスの1.9倍。価格が低位で安定している等の理由。

 日本の石炭火力発電効率は世界最高水準で米国、中国、ドイツ等に比較してもCO2の排出も低い。石炭ガス化で地球温暖化にも対応できることになる。午後は、(財)福岡県下水道公社御笠川浄化センターの「汚泥乾燥」設備を視察。

 この公社は、汚泥を乾燥し家庭用等の油と混合して、石炭火力発電所の燃料に使っている。全国で初めての取り組み、下水道処理人口は65万人。1975年から開始しているため、耐震設備は不十分との事でした。

   

             J・パワー若松総合事業所の石炭ガス化による発電設備等視察

   

 J・パワー若松事業所前で記念撮影      福岡県下水道公社御笠川浄化センターの汚泥乾燥設備視察


2012年4月24日(火)            松浦火力発電所の混焼

 昨日の夕食が遅かったため、今朝の朝食がすすまなかった。朝8時前にホテルを出発したマイクロタクシーは、約2時間半走って、長崎県松浦市のJ・パワー松浦火力発電所に到着。大塚哲夫・火力発電所長から約1時間半説明聴取。

 J・パワーとは電源開発株式会社。松浦火力発電所は石炭と木質チップ・ペレットや下水汚泥の低炭素化をするなどして混焼(発電用燃料として石炭と一緒にボイラーで燃焼)することによって、化石燃料から生じるCO2削減を図っている。

 建設廃材をチップ化して利用する。水分の高い林地残材を乾燥してペレットに加工。下水汚泥を低温で炭化あるいは下水汚泥と廃食用油を混合加熱して水分を除去して生成したものを利用して発電をしている。

 とくに、徳島県内にある林地残材をペレット化して石炭火電と混焼することは、放置された間伐材を利用することで一石二鳥になる。松浦火電のペレットは宮崎県小林市から調達、搬入されており、輸送時間などが課題になっている。

 本日の走行距離は300km超、運転手さんに気の毒なドライブとなった。今朝6時過ぎ、長男から電話があり、本日午前3時過ぎ、女の赤ちゃんが生まれたと報告があった。これで、7人目の孫誕生、母子ともに元気である事が何よりだ。

   

 松浦火力発電所大塚哲夫所長から説明聴取。   混焼する下水汚泥、廃材チップ、林地残材ペレット。


2012年4月23日(月)            池田共楽会50周年

 昨日は雨、風が嵐の如く吹き荒れた。それども、「第5回とくしまマラソン」は敢行し、県内外から9525人(男7268人、女2257人)が出場した。徳島市で正午前22.5mの最大瞬間風速を観測する強風となった。

 悪天候の影響で完走率は過去最低の84.3%。徳島市内は10m〜13mの南東の風が吹き、折返し地点までは追い風、後半は向かい風との闘いとなった。私も、エントリーはしたが、嵐に怯えて脱落組になった。

 本日(23日)は、昨日とはうって変わり、最高の天気になった。午前中、老人クラブ「池田共楽会」の50周年記念式典に出席し、来賓挨拶をおこなった。共楽会は、老人福祉法の制定される前に、老人クラブを結成した。

 老人福祉法の制定は昭和38年だが、「池田共楽会」はその前年(昭和37年)に誕生している。「人が歴史をつくる。歴史が人をつくる。」とも言われる。まさに、池田共楽会は、名前の通り人生を「共に楽しむ」ための老人クラブだ。

 三好市には、昭和33年に誕生した「三縄中央老友」も存在し、2年前に50周年を終えている事も紹介した。県下の老人クラブ誕生の歴史をリードした先人に衷心から感謝を申し上げる。と同時に、私自身の奮闘を述べた。

 午後は、新風民主クラブの視察で九州・長崎へ。新幹線と在来線を利用して約5時間超、長崎到着は午後8時半になった。世界遺産の取り組み、バイオマスエネルギー、石炭ガス化などを視察し帰省は25日夜半となる。

   

 池田共楽会50周年の下川会長挨拶  50周年式典に参加した100歳の斎藤さん 池田中央公民館が満席の式典

   

 祝辞を述べる高井美穂衆議院議員          黒川征一県議              天羽強三好市議


2012年4月22日(日)            素晴らしい滝下萬吉さん

 大雨、強風注意報がでた22日、第5回徳島マラソンは悪天候のなか敢行した。しかし、我が三好市の降水確率は、90%の予報であったが、殆んど雨は降らず大きく外れた。拙宅の庭先では毎日、「鯉のぼり」が元気におよいでいる。

 しかし、昨日から大雨、強風注意報がでていたので、倉庫へ片づけていたが、天気予報が大きく外れたので午前9時、また、取り付けの作業を行い、夕方までそのままにした。20時を越えたいまも、そのままである。

 22日は、白地婦人会総会と二つの告別式があった。10時から開始された白地婦人会でも、昨日(21日)の三縄福寿会総会と同じように、南海トラフの「震度7」に対する心構えを述べた。

 総会と告別式を終えた後、「新風・民主クラブ」の冊子を配布するお願いに回った。91歳を超えた滝下萬吉さん宅で90分程度雑談。滝下さんは、90歳になってからコンピューターの勉強を始め、マスターした方です。

 その滝下さん、90歳にして自分の歯が22本あるということで表彰された。徳島県は「80歳で自分の歯20本」の運動を推進しているが、それをはるかに上回っている。何と素晴らしいことか。私淑に値する生き方の滝下さんだ。

   

         滝下萬吉さん宅の庭先で見つけたヤマブキ、シャクナゲ、アメリカヤマボウシ


2012年4月21日(土)            防災・減災対策を図れ

 比較的天候に恵まれた21日、午前中2つの行事に参加。午前9時半から開始した第6回文化まつりと、地元老人クラブ「三縄福寿会」総会に出席し、祝辞を述べた。文化まつりの来賓は11人、その内6人が祝辞を述べた。

 多くの来賓が長く話されたので、私は短く中国の「杜甫」の詩を引用し、「過疎、少子、高齢化」で山河が荒廃し、国もやがてつぶれる。今までのしがらみを捨てて、持続可能な社会をつくらなければ、文化も維持できないと挨拶した。

 文化まつりの開会行事を終えるとすぐに、老人クラブ「三縄福寿会」総会へ。ここでは、3月31日「中央防災会議」が発表した南海トラフの地震について、三好市地域が「震度7」と予想されたことによる防災・減災対策を述べた。

 「震度7」の地震が発生し場合、三好市内の木造住宅の約90%が全半壊し、死者も多数(760人と予想)でるおそれがある。これに対する防災・減災対策は、自らの生命は自分で守るしかない。日頃からその構えが必要だと述べた。

 大災害対策は、中央防災会議によれば自助70%、共助20%、公助10%となっていることも披露した。夕方は、恒例の三縄小学校教職員の歓送迎会に出席し懇談した。各々の赴任地で、奮闘して下さいと激励した。

   

   第6回三好市文化まつり        大泉善彦・三縄福寿会会長の挨拶          ヤマブキ


2012年4月20日(金)            放射能に汚染された社会

 国は、停止中の原発を再稼働するために「前のめり」になって、「安全、平穏、無事」などは忘れ去っている。国民は安全・安心こそが政治に期待している。福島原発事故で、多くの人々が家族をバラバラにされている。

 川が、海が、山が、そして大地が汚染された。人々の食料が生産できない。家畜が餓死し、家畜のエサも放射能に汚染された。いわゆる、空気も、水も、食料生産も放射能に汚染された。何時になったら、いつまで経ったら元に戻るのか。

 かって、1400余年前の中国(当時は唐」の時代に活躍した詩人「杜甫」は、「国破れて山河あり」と詠んでいる。意味するところ、国家は(唐の国都、当時は長安)は崩壊してしまったが、山や川は変わらない。

 いまは、「山(自然)破れて国滅ぶ」の時代となった。福島原発事故は、人類の制御がきかない「原子力発電」に寄り添い、何百年、何千年、いや何億年経過しても、放射能から逃れることのできない社会となった。

 人類の愚かさと強欲資本主義が自然を破壊し、かけがえのない地球を破壊した。これからも、破壊し続ける政策を、世界の指導者(政治家)どもは、先を争っている。人間の愚かさに、うんざりだ。死を争って生きる時代となった。


2012年4月19日(木)          杵屋勝咏弥晶送別演奏会

 三好市の三味線グループ「鈴の会」で師範を勤める三木晶江さん(池田町白地、歯科医師)が、長男夫婦等と一緒にオーストラリアへ移住する事になったので、「鈴の会」による送別演奏会が19日、三好市西祖谷村のホテルで開催された。

 4年前、歯科医師の長男・友哉さんにメルボルン大学への留学を告知された。それも、家族そろっての移住に当初は悩んだが、2年前に決心してから英会話教室に通い続け、趣味の三味線の師範も取った。

 三味線は18歳から親しんできた三木さん。阿波おどり「よしこの」の第一人者・お鯉さんに師事した「鈴の会」の鈴木富子代表に弟子入りし、師範の資格(「杵屋勝咏弥晶」)を昨年4月にとった。現地で三味線を指導しようと意気込でいる。

 19日の午後4時からホテル秘境の湯であった「杵屋勝咏弥晶」送別会演奏には、多くの友人、仲間が駆けつけ鈴木代表の師匠に当たる(財)杵勝会の8世家元・杵屋勝三郎さんら高名な家元8人がゲスト出演し三木さんの門出を祝った。

 演奏会終了後、「鈴の会」代表の鈴木富子さんは、なみだ・涙で「まな弟子」との別れを惜しんだ。三木さんは、師範を取るために奔走した日々を振り返りながら家族への感謝と今後の決意を語った。

 私も花束を贈呈した後、渡豪後は健康に留意し、「三味線」による友好親善につとめ、観光大使の役目も果たして下さいと激励した。結びは、家元・杵屋東成さんによる「三本締め」で閉じた。

   

    杵屋勝咏弥晶送別演奏会が、(財)杵勝会の8世家元・杵屋勝三郎さんら出演で盛大に行われた。

   

    杵屋勝咏弥晶送別演奏会が、(財)杵勝会の8世家元・杵屋勝三郎さんら出演で盛大に行われた。


2012年4月18日(水)            責任ある政治のやり方

 山田啓二・京都府知事と嘉田由紀子・滋賀県知事が本格的な「共闘」に乗り出した。政府が進める関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働について、17日、「国民的理解が得られているとは言い難い」と改めて批判した。

 山田知事は、政府が進める原発再稼働につて、「中立性、透明性、安全性、緊急性、将来の見通し、信頼性の確保の観点から七つに整理した」。と語り、これらが野田政権による手続きに欠けていると指摘した。

 山田知事は「政府がエネルギー政策の方向性を示さないと、分かち合う方向も決まらない」。嘉田知事は「琵琶湖は安全で安心な水を供給する役割がある。機能別の役割分担も必要だ」と語った。

 今回の共同提言は、嘉田知事からの呼びかけに山田知事が応じて実現したという。嘉田知事らによると、両知事が今月12日、大飯原発を視察した後、嘉田知事が素案を作成。電話やメールでやり取りして2人で文章を練り続けたという。

 山田知事は「(嘉田知事とは)基本的なスタンスに違いはない」と話し、嘉田知事が「山田知事は法と理、私は情。補完し合っている」と応じるなど、共闘ぶりを強調する場面もあった。素晴らしい共闘だ。これこそ責任ある政治の方向性だ。


2012年4月17日(火)           問責議員が多すぎる

 【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】記事を、「天木直人のメールマガジン2012年4月17日第317号」で“問責議員が多すぎる”と報じています。まったく同感です。よって、その記事を転載します。

             ***************************

 自民党はあすにも前田国土交通相への問責決議を提出するという。前田国土交通相は辞めざるを得ないだろう。明確な選挙違反を現職閣僚がやってはいけない。その時にあわせて田中防衛相の問責決議も自民党は提出するという。

 田中防衛相は憎めないがやはり防衛相にはふさわしくない。そう思ったら4月17日の産経新聞が社説で書いていた。ブレまくる原発発言を繰り返す枝野経済産業省は不適切だ、と。

 この枝野経済産業省の原発再稼動を巡る発言は噴飯ものである。前田、田中大臣以上に辞めてもらいたい大臣だ。
そう思っていたら仙谷由人政調会長代行の「集団自殺」発言だ。16日の名古屋市内の講演で語ったという。

 「原発を一切動かさないということであれば、ある意味、日本が集団自殺するようなものになる」これこそ問責決議に値する暴言だ。福島原発事故で今なお苦しめられている者や、脱原発を願う過半数を超える国民にとっては許せない発言に違いない。

 問責決議という声が聞こえないほうが不思議なくらいだ。問責決議に問われる議員が多すぎる民主党政権の末期症状である。


2012年4月16日(月)          おかげさまの人生

 馬齢を重ねることで、「お蔭さま」という言葉が身にしみるようになった。今から8年余、「ん!雑感」を書き始めた頃、“相田みつを”の「おかげさま人生」を披露。最近、こうした気持ちが旺盛になったので、再度書くことにした。

 バカのおかげでお利口がひかる     利口ばかりじゃ世の中は成り立たぬ。

 落ちてくれる人のおかげで合格できる   のぼせ上がるとバチが当たる。

 負けてくれる人のおかげで勝たせてもらう   どっちか負けなければケリがつかぬ。

 勝つことばかりが人生じゃない。

 脇役のおかげで主役が生きる   主役ばかりじゃ芝居はできぬ。

 後輩のおかげで先輩になれる   威張ることはないんです。

 子供のおかげで親になれる   子供がいなければいくつになってもただの年寄り。

 相手がなければケンカもできぬ  一人じゃ夫婦ケンカもできません。

 聞いてくれる人のおかげでグチもこぼせる   あなたのグチを聞いてくれる人は 

 あなたにとって観音さんです。・・・・・・・・・・・・・・・・・。


2012年4月15日(日)            二つの婦人会総会

 最高のお天気となった15日、池田婦人会池田地区総会と地元の三縄支部婦人会総会が開催された。池田地区総会は役員交代のない年度だが、三縄支部は長年(30年)頑張ってきた石川雅子会長が退き、兼松美智子氏が就任。

 来賓あいさつで冒頭、長年のご苦労に感謝を申し上げた。何はともあれ、30年という長期にわたって頑張ってこられたということは、先ずは健康であった事と家族の理解があったからであります。

 次に、先に(3月31日)発表された内閣府の防災会議が震度7、マグニチュード9の「南海トラフ」について述べた。三好市が震度7になれば、殆んどの木造住宅は全・半壊するというショッキングな中身を説明した。

 また、4月7日に三好市池田町出身で、この度のアジア選手権で、ロンドン五輪への出場権を獲得した「細田雄一」選手についても述べた。細田選手は、池田中学2年の時にオーストラリアへ「トライアスロン留学」した。

 語学が分からず、数学だけで進級したこと、厳しい練習に耐えたエピソード等を披歴した。13歳の時に留学し、苦節14年、艱難辛苦を乗り越えた雄一選手に乾杯。何事も「成せば成る」とはこのことでしょうか。


2012年4月14日(土)            五輪代表に三好市出身

 前期高齢(65歳)を目前にして、「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」(石川啄木)の心境となっている。その故郷が雪崩を打って、崩壊する様子に心が痛む。

 最近のニュース(4月7日)で、トライアスロンの「ロンドン五輪日本代表に決まった細田雄一選手」から元気をもらった。雄一選手は三好市池田町の出身で、地元の池田中学校2年生の時に休学し、オーストラリアへ留学。

 オーストラリアの小学校6年生に編入し、勉学とトライアスロンに没頭した。時に13歳、それから4年間頑張り、17歳で帰国。初めて日の丸を背負ったアジア選手権で優勝した後、アルバイトで生計をたてながら練習に励んだ。

 順風とも思えた競技生活が一転、逆風にさらされ、怪我にも遭った。4年前の北京オリンピックは補欠だった。一度は引退も考えたと、父親の細田義秋(57歳)さんは語っている。その義秋さんは現在、三好市役所に勤務している。

 「過疎、少子、高齢化」の波にのまれ、青息吐息の三好市だが、県勢第一号となったロンドン五輪選手の誕生に満腔の拍手を贈りたい。五輪選手誕生の祝福とご活躍を祈念するため、有志のカンパ活動も近々にスタートするとのことだ。


2012年4月13日(金)          原発再稼働は間違い

 これほど拙速に、「再稼働ありき」で関西電力大飯原発3、4号機について、野田民主党政権が再稼働の妥当性を認めたことは、まったく理解に苦しむ。国民の生命、生活の安全・安心はそっちのけである。

 日本科学者会議は13日、政府に再稼働反対と、すべての原発の廃止を求めた。「福島の事故の検証委員会はまだ中間報告しか出ていないのに、再稼働の話は無責任。政治判断が優先している。」(野口邦和・日本大学准教授)。

 山本富士夫・福井大学名誉教授は、「原発の安全について議論しているが、事故が起これば琵琶湖の水の汚染が大問題になる。それについての議論はない」と述べている。雇用も経済も大事だが、それ以上に命、安全こそが最優先だ。

 滋賀県の嘉田由紀子知事は「安全性の担保」を求め、京都府の山田啓二知事も「安全上の懸念が残っている」と指摘し、「政府の判断は正直言って早い」と述べた。橋下大阪市長は「政治家が安全なんて確認できない」と批判している。

 電力不足を吹聴しているが、まったく信用できない。福井県に原子力安全専門委員会があるが、5人の委員は関西電力関連団体から寄付を受けていた。いま、政府に求められるのは、世界に誇れる安全・安心な社会を構築することだ。


2012年4月12日(木)             伊豆・下田市に学べ

 内閣府の検討会が巨大地震で最大25.3メートルの津波が押し寄せると想定した静岡県下田市は11日、市役所庁舎を市街地から離れた標高50メートルの高台に移転することを決めた。利便性より安全や危機管理を優先した。

 市役所は、市中心部にあり、築55年と老朽化が進んでおり、現在地で建て替える案が検討されていた。しかし、東日本大震災を受け、市は高台移転も模索。市郊外の高台への移転案も加えていた。

 これに対し、市商店会連盟は今年2月、「市街地のにぎわいがなくなる」などと、高台移転に反対する要望書を市に提出した。 こうした中、内閣府の検討会が3月末、南海トラフ沿いの巨大地震が発生すると発表した。

 その場合、最大25メートルを超える津波が短時間で到達するとの想定を発表。これを受け、市は11日に開いた新庁舎建設検討委員会で、安全や防災態勢を重視し、市街地から2キロ近く離れた高台への移転を決めた。

 内閣府の発表した巨大地震によって、これまでのエゴやしがらみを払拭した下田市の決断は素晴らしい。利便性より安全・安心や危機管理を優先した政策の選択こそが最優先されるべきだ。国、県、市町村行政は下田市に学ぶべきだ。


2012年4月11日(水)            日々悪戦苦闘

 「居候(いそろう)」という言葉がある。家族以外の者が同居し、生活をする。厄介がられる存在。江戸時代に家族構成をお上に届ける時に「居候太吉」のように書いたという。拙宅に2月末から2人の居候がいる。

 1歳11カ月の幼児とその父親だ。父親は、三豊市へ毎日通勤している。幼児は池田第一保育所へ、妻が毎日送迎し、夜は一緒に寝る。いわゆる寝食を共にする毎日が40日を越えた。

 理由は、長男の嫁に二人目の赤ちゃんができて、早産のおそれがあり産婦人科へ入院。その為、長男と孫の居候となっている。妻の口癖、「孫」は我が子以上に気を使うので疲れるという。

 妻は、2日前から熱を出して病院通い、そのトバッチリが私に来た。孫と一緒に寝るだけでなく、おむつを替えたり、食事の世話や保育所の送迎まで請負となった。孫が、「ジジ!、ババ!」と気安く呼ぶが、此方は疲労困憊。

 その上に、孫の父親は、世話をするのが「当たり前」と思っているから、いっそう「腹も立つ」日々となっている。それでも、二人目の赤ちゃんの無事出産を祈って、頑張る老夫婦。これも、次世代への欠かせぬ引き継ぎか・・・・。


2012年4月10日(火)            小・中学校の入学式

 三好市内の小・中学校で入学式が一斉に挙行された。地元の三縄小学校では、10人(男6人、女4人)の入学生に対して新しく赴任した石井校長先生から歓迎の式辞。児童(36人)代表して矢川さんから力強い歓迎の言葉もあった。

 私は、10人の児童に対して、三つの事をまもって下さい。「一つ 夜は早く寝る、二つ 朝ご飯は必ず食べる、三つ 車には気をつけて交通事故に遭わないようにして下さい。」と述べた。入学式終了後、校長先生と雑談に耽った。

 午後から、池田中学校101人(男58人、女43人)の入学式があった。新生・池田中学校は、3年前に池田中学校と池田第一中学校が統合してできた。それでも、在校生を含め全校生徒338人、人口減少に驚く。

 来賓祝辞で、池田中学校2年生(13歳)のときに休学し、トライアスロンでオーストラリアへ留学した「細田雄一」さん(27歳)が、ロンドンオリンピックへの出場権を獲得したことを報告しながら、夢・希望を持って学んで下さいと激励した。

 雄一さんの父(三好市役所勤務)から、「留学後、小学校6年生に編入したが、英語が分からず苦労した。ただ、世界共通の数学で点数を稼ぎ進級した事など」の裏話も披露しながら、池中生の奮起を促した。

   

   三縄小学校石井校長の式辞      三縄小学校で祝辞を述べる黒川     池田中学校三木校長の式辞


2012年4月9日(月)             山河破れて国滅ぶ

 秘境・祖谷(いや)、平家の落人伝説が語られる祖谷。その中でも、三好市中心部から車で2時間ほどかかる名頃地区。3月17日の「ん!雑感」で紹介した名頃小学校を含む5校が統合した東祖谷小学校の開校式が9日にあった。

 2年〜6年の全児童39人と教職員らが出席し、向井敬治校長が「多くの方々の努力で素晴らしい校舎ができたことを胸に、思う存分学び、持てる力を磨いていこう」と式辞が述べられたという。

 秘境であるがゆえに、格別のおもいで、歌手の「北山たけし」さんが、廃校なる「名頃小学校」に、わざわざ出席して「剣山」等を絶唱して頂いた。その名頃小学校も統合された。国破れて山河ありだが、山河敗れて国滅ぶことを憂う。

 東祖谷村史によれば、東祖谷での小学校の始まりは、1873年(明治6年)に大枝小学校がスタートしている。落合小学校は1886年(明治19年)、菅生小学校1885年(明治18年)、和田小学校1886年(明治19年)等の統合である。

 このような100年以上の歴史に終止符を打つこと、いまを生きる者の責任は重大である。数多の有為な人材を輩出した東祖谷地域だから故に。経済至上主義の結果は、原発事故であり、デフレ経済という「蟻地獄」にも陥った。


2012年4月8日(日)         政治家の鑑・嘉田滋賀県知事

 これこそが、政治家の鑑だ。滋賀県の嘉田由紀子知事は6日、ロイターのインタビューに応じ、近隣の若狭湾岸に集中する関西電力などの原子力発電所の再稼働について「絶対安全だと確証が取れるまではイエスと言えない」と強調した。

 嘉田知事はその理由として、「福島並みの事故が若狭の発電所で起きたら、風下には1450万人の命の水源である琵琶湖がある。万一のことがあれば近畿の産業も生活も成り立たなくなる」などと説明した。

 野田佳彦首相ら関係4大臣は6日、関電大飯原発3、4号機の再稼働の条件となる暫定の新しい安全基準案を決定した。この暫定基準は、原子力安全・保安院が福島事故を踏まえて3月にまとめた30項目の安全対策が基になっている。

 この暫定基準について嘉田知事は、「30項目の中でも中長期的に数年かかるとして(電力会社の対応が)できていない項目もある。そこを(暫定基準から)外して、出来たところだけを持ってきて、基準をクリアしたというのは納得しがたい。

 技術的安全性で中途半端なところで妥協しているようにみえる」と指摘した。また政府が大飯3・4号の再稼働を決定した場合は、「(枝野)大臣にお越しいただきたい。政治判断するなら責任ある判断のできる方を要望する」と述べた。

          
                   川西徳男氏の彫刻・作品展(三好市井川町辻)
         

2012年4月7日(土)             田中正造翁にまなぶ

 「花冷え」という言葉がぴったりする7日、東祖谷菅生地区では、見頃の梅に雪が降りつもる雪景色となった。東祖谷の小椋さんからは、「サクラの花見ならぬ、やっと梅の花が咲き、見ごろになったところに雪景色」とのメールを貰った。

 壮大な野焼きとして阿蘇や秋吉台などと共によく知られるのが北関東「渡良瀬川遊水地のヨシ焼き」。1500ヘクタールものヨシの原に火が入る。昨年に続き今年も中止になった。昨年は、東日本大震災直後の安全確保が難しかったため。

 今年は下草から放射性物質が検出され、燃やすと濃縮、拡散する恐れがあるからだ。このヨシの原は、公害の原点とされる足尾鉱毒事件の舞台となった谷中村の跡。地元選出の政治家・田中正造が命をかけて闘ったことでも知られる。

 闘いの歴史は、多くの書籍、映画となり人々の心を打っている。そこを今度は放射性物質が襲う。国策で進んだ原子力発電のしくじりで、“谷中村”は再び理不尽な仕打ちに遭っている。焼かれずに天を突くヨシが春の風に騒ぐ。

 田中正造は「真の文明ハ 山ヲ荒ラサズ 川ヲ荒ラサズ 村を破ラズ・・・・・・」との名言を残している。正造は、「いつも兵を強くし、富を多く持つより、国民一人ひとりが、喜び合える社会をつくりたい」と口にしていたという。今日に通じる。

                 

            三好市東祖谷菅生の梅に降雪(菅生地区の小椋義勝氏からのメール写真)


2012年4月6日(金)           小歩危ダムの資料収集

 「小歩危ダム阻止」の闘いを出版するための資料収集に6日、大岩義雄氏、下大寺歌子氏、平田政広・三好市議等と高知県立図書館へ。朝8時に車で出発、途中で大岩氏ら2人も同乗し、高知県立図書館には、10時前に到着した。

 あらかじめ、文書でお願いしていた「高知新聞のスクラップ」は、すでに調査済みの完成品を頂き、その他本川村、大川村、本山町等の関係する町村誌と災害誌のコピーをとった。特に、早明浦ダムの濁り関係の冊子を発見したのは格別。

 それは、大川村教育委員会が昭和56年6月に出版した「大川村資料第三」と命名された濁り関係の分厚い資料集。早速、県立図書館から大川村教育委員会へ電話し、冊子を譲って欲しいと懇願し、大川村へ車を走らせた。

 大川村は、早明浦ダムの渇水期に、テレビや新聞で「役場の旧庁舎」の残骸が姿を見せる近くにある。教育委員会は役場から少し離れたダムの右岸高台にある。電話応対の朝倉 中主幹を尋ね、無料で頂戴した。

 「小歩危ダム阻止」が上梓したときは、必ずプレゼントする事も約束した。その後、早明浦ダムを視察し、ダム直下にある「大原富枝文学館」(長岡郡本山町、芸術院賞・恩賜賞受賞、芸術院会員)を視察。充実した一日で大満足。

   

      高知県立図書館で、早明浦ダム建設に伴う吉野川の濁り問題の資料収集をおこなった。

   

      早明浦ダムの視察と、ダムの濁り関係の資料収集を大川村教育委員会で行う

   

  早明浦ダムの視察と、ダムの濁り関係の資料収集及び「大原富枝文学館」で大原富枝生誕100周年記念企画展へ
 

2012年4月5日(木)           政治不信と地震の脅威

 最近、中央政府の混乱は国民生活そっちのけで、党利党略・派利派略に陥っている。定期検査により停止中の原発の再稼働で、藤村修官房長官は5日の記者会見で、地元の同意は必ずしも前提条件にならないとの認識を示した。

 官房長官は、「法律などの枠組みで同意が義務付けられているわけではない」と述べた。これまで原発の再稼働には地元の同意が必要としてきた姿勢を軌道修正した形で、原発の地元や周辺自治体などの反発は必至だ。

 「地元の同意」がなければ再稼働はないと言ってきたこと。福島原発の事故原因も明らかになっていない中である。まったく、政府・政治家を信用できない暗闇の世界に突入した。

 その民主党政府と連立を維持するか否かで、国民新党が分裂した。下地幹事長ら連立維持派6人は5日夜、党本部で議員総会を開き、連立離脱を主張している亀井静香代表と亀井亜紀子政調会長の「解任」を決議した。

 3月31日、内閣府が発表した「南海地震等の3連動」によって、三好市は震度7が想定される。その影響、防災・減災害等について、池西哲朗三好広域消防長らからレクチャーを受けた。木造住宅の全壊を知りて驚愕。

                   

    池西哲朗三好広域消防長等から防災・減災のレクチャー       満開のウエノのサクラ


2012年4月4日(水)             サクラが見ごろ

 昨日の台風並みの暴風雨が過ぎ去った三好市池田町、4日のお天気は快晴で温暖な一日となった。市内の桜は、一斉に蕾から花開く、桜花爛漫、一歩前の様相となった、

 本日も、県職員の幹部が挨拶まわりに来訪した。昨日は暴風雨のなか、「本当にご苦労さんです」と心からつぶやいた。本日は、そうした「つぶやき」を吹き飛ばす暴風雨一過となった。

 春というと、穏やかな天候を思いがちだが、時にはこうした凶暴な一面を見せる。つい想定外と言ってしまうのは簡単だが、どんな事も十分あり得ると思うことが肝心だ。

 「春の嵐、花を咲かす雨であり、そしてまた花を散らす風である」(俳人・種田山頭火)。春はこの程度の嵐であって欲しい。暴風で散るのを避けたかのようにサクラはこれからが見ごろ。

            
   台風なみの低気圧が過ぎ去った後、池田町白地の桜は7分咲き      モクレンが咲き誇る池田町の丸山公園


2012年4月3日(火)              暴風雨と歓送迎会

 日本海で急速に発達した低気圧の影響で3日、全国的に台風並みの天気になった。JR瀬戸大橋線では、列車が7時間高架橋で立ち往生した。和歌山市では最大瞬間風速41.9メートル、八王子市でも38.9メートルに迫った。

 最大風速は、四国から東北にかけて40カ所近くで観測史上最大の値を更新。こうした暴風雨のなか3日、県職員の人事異動に伴う幹部職員が、大勢拙宅に就任の挨拶 まわりがあった。本当にご苦労さんでした。

 私も、3日の午後4時過ぎの列車で徳島市内へ向かったが、強風による影響で阿波池田発の列車が30分ほど遅れて出発。それでも、新風民主クラブの歓送迎会が市内であったために、無理強いしての参加となった。

 40分遅れで到着した歓送迎会、まさに宴たけなわだった。これまでの御礼と今後の抱負を語りながら、約2時間歓談。会場は駅の近くであった為、帰りも歩いて徳島駅まで来た。20時になっても、列車の遅れは回復していなかった。

 列車は、徳島駅を約25分遅れで出発、池田到着は午後10時前になった。徳島駅で約30分ほど列車待ちをしたが、風が強く、駅の案内も十分でなく、乗客の一部は乗車放棄した様子だった。


2012年4月2日(月)             孫の保育所入所式

 2日、徳島県内4大学のトップを切って徳島文理大学の入学式があった。また、県庁をはじめ各市町村でも新規採用職員らへの辞令交付式があった。

 我が家の孫も、午前中、池田第一保育所での入所式に臨んだ。今日は午後保育がないので、午前中に帰宅した。父親が母親の代わりに保護者として単独で出席した。

 孫・尚志の母親は、二人目の赤ちゃんを出産するため、半田病院に入院してるため、常日頃は尚志の祖母が、保育所の送迎を行っている。いまは、大分慣れてきたが最初の内は大変だった。

 それにしても、ネクタイ姿で入所式に臨んだ孫も、多くの保護者が出席していたので、相当緊張した様子だった。帰宅してからは、にこやかに寛いだ様子。午後は、母親の入院先へ見舞いに父親に同行した。

   

               新年度、池田第一保育所入所式から帰宅した孫・尚志

   

               新年度、池田第一保育所入所式から帰宅した孫・尚志


2012年4月1日(日)               光明寺の涅槃会

 4月1日は、我が菩提寺・中津山光明寺の「涅槃会」。昨年は、徳島県議会議員の告示日であったので、御涅槃会に参加が叶わなかった。今年は、その分、何が何でも出席しようと心に期していた。

 涅槃会(ねはんえ)は、涅槃講や涅槃忌とも称し、陰暦2月15日、釈迦の入滅(にゅうめつ)の日に、日本や中国などで勤修される。釈迦の遺徳追慕と報恩のための法要。現在では、3月15日に行われるところもある。

 午前11時ごろ、車で菩提寺に到着。駐車場を探したが見つからず、長岡さんの宅地へ停めさせて貰った。光明寺は、殆んどが顔見知りの方ばかりで、日頃のご無沙汰を会釈で交わした。

 特に、同級生の華川富吉さんと木下二郎さんは、旧交を温める絶好の機会となった。親しく会話がはずみ、出会い小・中学校の同窓会をやろうと持ちかけた。お二人ともお元気で、若さが漲っていた。

 御涅槃でお忙しい最中の光明寺・中村誠山住職とツーショットも終えた。御先祖の供養や多くの皆さんとの懇談もできた事は、格別の嬉しさである。「人の世に熱あれ!人間に光あれ!」と、これからも元気に叫び続けたい。

    

                中津山・光明寺で中村誠山住職とツーショット

   

                       御先祖の供養・御涅槃会に参集した皆さん