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くろかわ 征一  四国八十八ヶ所 歩き遍路

■ 070519 高野山への御礼参り     ■ 100806 新四国曼荼羅88ヶ所の巡拝
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2007年5月19日(土)                高野山への御礼参り

 本日、午前5時に起床、我が家を6時に出発、三好市三野町のHさんに運転をお願いして淡路島から明石海峡を渡って、神戸・大阪経由で和歌山高野山へ向かいました。

 高野山には11時ごろ到着、奥の院を参詣してから昼食、その後金剛峰寺などをお参りし、和歌山港からフエリーで徳島港まで2時間乗船、帰宅は午後9時でした。

07年5月19日高野山・金剛峰寺
和歌山県高野町高野山

07年5月19日高野山の山門
   和歌山県高野町高野山
 
 出発から15時間を要した高野山への御礼参りも無事終了することができました。運転手さんをはじめとするすべての皆さんに感謝を申し上げます。有り難うございました。

 弘法大師(空海)は、835年に高野山奥の院で永遠の悟りに入ったまま(入定)、今でも生きているという信仰があります。奥の院に至る参道の周囲には20万基とも言われる墓碑が林立しています。

 まるで、お墓のテーマパーク。古いもの、新しいもの、デザインも趣向もそれぞれで、お墓なのに賑やかでさえあります。南無大師遍照金剛・・・・。


07年5月19日   高野山奥の院参道
和歌山県高野町高野山

07年5月19日   高野山奥の院参道
和歌山県高野町高野山
2007年5月18日(金)                南無大師遍照金剛

 今朝の起床は4時20分、四国霊場88ヶ所最後の「歩き遍路」に、少し興奮していたのかもしれませんが、目覚めがいつもより早くなりました。

 5時半に朝食を終えて、6時半に我が家を出発し、今治市の54番札所・延命寺には8時の到着となりました。55番札所・南光坊を参詣した後、今治城を見学しました。

 今治城は、関が原の合戦(1600年)で戦功のあった藤堂高虎が、築城したものである。内堀・中堀・外堀と三重の堀を巡らし、海水を引き入れた平城であり海城でもあった。

 それまでは、今張との地名を、藤堂高虎は「いまをおさめる」ということで「今治」に改名している。56番・泰山寺、57番栄福寺、58番仙遊寺、59番国分寺まで終えました。

 これにより、88ヶ寺の霊場は、本日の参詣ですべて終了しました。明日(19日)、午前6時に我が家を出発、日帰りで高野山を巡ります。南無大師遍照金剛!・・・・・・・。


07年5月18日
56番札所・泰山寺前の駐車場
今治市小泉


07年5月18日
55番札所・南光坊
今治市

07年5月18日
今治城にて
今治市

 
07年5月18日
59番札所・国分寺
今治市
2007年5月16日(水)                    元気で奔走
 
 本日は、奔走に奔走を重ねました。午前中は三野町戦没者追悼式、午後1時から新風民主クラブ総会、午後3時から香川県さぬき市にある88番札所・大窪寺の参詣。

 新風民主クラブの総会は、明日(17日)開催される県議会(臨時会)の議事日程の打ち合わせと確認。終了後、88番札所の参詣に馳せ参じました。

 88番札所は、医王山(いおうさん)大窪寺(おおくぼじ)といわれ、弘法大師が、唐より帰朝後、この地に堂を建て、本尊を刻んで安置された。

 本堂前右の宝(お)杖堂は、大師が錫杖を納められたところと伝えられ、第1番より打ち始めて第88番札所は、宿願成り、結(けち)願寺といわれます。


07年5月16日 88番札所・大窪寺
香川県さぬき市多和

07年5月16日 88番札所・大窪寺
香川県さぬき市多和

07年5月16日 三野町戦没者追悼式
三好市三野町三野公民館
2007年5月14日(月)            不殺生「憲法九条」の危機

 14日の早朝、久万高原町を発ち、三坂峠を越えて松山市内に入り、46番札所・浄瑠璃寺など8ヶ寺を参って午後4時過ぎ53番札所・円明寺まで終えました。

 本日の参詣で一番印象に残ったのは、51番札所・石手寺です。石手寺をお参りすると、「宗教者九条の和」に賛同してくださいと短冊を頂きました。
 
 そこには、「全国の平和を願う信徒の皆様『九条の会』アピールに賛同し、憲法九条を世界に輝かせ、暴力による痛みのない世界を作りましょう」とかかれています。
 
 また、法隆寺、清水寺、金閣寺、銀閣寺さんも呼びかけていますと添え書きしてありました。お寺の三重塔には、懸垂幕があり「イラク戦争」について、不殺生を訴えていました。

 一週間ぶりに帰宅し、夕刊を読むと憲法九条「改正」するための「国民投票法」成立と大きな見出しが躍っていました。ああ!ついに不殺生「憲法九条」の危機と落胆している。


07年5月14日 53番札所・
円明寺山門付近に掲示されていた
松山市和気町
 
07年5月14日
51番札所・石手寺
松山市石手2丁目

07年5月14日 47番札所・八坂寺
松山市浄瑠璃町

07年5月14日 網掛け石
松山市

07年5月14日 久万街道(松山と久万町)

2007年5月13日(日)                悲喜こもごもの社会

07年5月13日 45番札所・岩屋寺
愛媛県上浮穴郡久万高原町


07年5月13日 45番札所・岩屋寺
愛媛県上浮穴郡久万高原町


07年5月13日 44番札所・大宝寺
愛媛県上浮穴郡久万高原町
 12日の夜は、龍王温泉(内子町五十崎)でゆっくりと、13日の宿泊は、愛媛県久万高原町の民宿・一里木(いちりき)で宿泊、夕食のそうめんが、大変美味しかった。

 12日のコースは、歩き遍路ばかりでしたが、本日は、朝から歩き(約7時間)44番札所・大寶寺(たいほうじ)には、午後3時に到着しました。

 その後45番札所・岩屋寺(いわやじ)まで頑張り、民宿・一里木には午後5時半ごろ到着しました。午前中の小田町(いまは、内子町に編入合併)での携帯電話は使用不能。
 
 午後1時ごろから「圏外」のマークが消えました。内子町に編入合併された「小田町」の方は、合併したことを悔やんでいました。

 やっぱし、岩屋寺の切り立つ絶壁、その垂直の岩壁が、今にものしかかるように迫ってくるものは圧巻です。88霊場の中でもっとも険しい寺に上げられます。

2007年5月12日(土)              歴史と伝統・誉も高く
 
 昨晩の民宿は、衛生的でなくゆっくりと寛ぐことができませんでした。朝早く出立(AM6:50)し、大洲市の大洲城には、午前8時過ぎに到着し、見聞を広めました。

 大洲市の十夜ヶ橋には、10時ごろ到着、この橋の所以を学びました。十夜ヶ橋は、弘法大師が巡錫中、日が暮れて泊まるところも無く、空腹のまま小川に架かる土橋の下で野宿されました。
 
 わずか一夜のことではありましたが、夜明けまでは、それこそ十夜の長さに感じられる思いで過ごされ、「行きなやむ、浮世の人を渡さずば一夜も十夜の橋と思ほゆ」と詠まれました。

07年5月12日 JR内子駅前の蒸気機関車
愛媛県喜多郡内子町

07年5月12日 内子座
愛媛県喜多郡内子町内子
 
 JR五十崎駅からJR内子駅までの遍路道は、よく整備されており、歩き遍路者には疲れも癒される新緑の街道でした。感謝・感謝・・・・でした。

 内子町は、蝋燭のまち、紙のまち、そして学問のまち、文化豊かな自治体です。町並みは国の重要伝統建造物群に指定されて、さらに活気を呈しています。

07年5月12日 大洲城
愛媛県大洲市

07年5月12日 十夜ヶ橋(とやがばし)
愛媛県大洲市東大洲
2007年5月11日(金)                変わりゆく故郷
 
 昨夜の投宿は、歴史と伝統を誇る三好旅館でした。三好旅館は、4代目の女将さん(89歳)が、今もシャキッとした元気な看板娘と言ったところです。

 135年前、木造3階建ての旅館を始めて、いまも昔の原型を保持し頑張っています。三好旅館は、歴史だけでなく、料理も美味しく、鮮度抜群、ボリュームたっぷりです。

07年5月11日 三好旅館の女将さん(89歳)
    宇和島市津島町岩松

07年5月11日 三好旅館の女将さん(89歳)
宇和島市津島町岩松
 
 41番札所・龍光寺(りゅうこうじ)は、平成の大合併で、宇和島市に編入合併された三間町にあり、シランが美しく咲き誇っていました。

 42番札所・佛木寺(ぶつもくじ)も三間町にあり、41番札所に近接しています。門前でアイスクリンを売っている小父さんがおり、買って食べましたが大変美味しかったです。

 43番札所・明石寺(めいせきじ)は、この度の合併で、西予市になった旧・宇和町にあります。41番から43番にかけては、高速道路が急ピッチで進められています。

07年5月11日 41番札所・龍光寺
宇和島市三間町

07年5月11日 41番札所龍光寺のシラン
宇和島市三間町

07年5月11日 42番札所・佛木寺
宇和島市三間町則

07年5月11日 43番札所・明石寺
愛媛県西予市宇和町明石

2007年5月10日(木)                世の中波乱万丈

07年5月10日 40番札所・観自在寺
愛媛県南宇和郡愛南町


07年5月10日 トンボ自然公園
高知県四万十市(旧・中村市)


07年5月10日 トンボ自然公園
高知県四万十市(旧・中村市)

 昨夜(9日)、海鳴りと雨風によって、民宿のサッシ窓が壊れるのではないかと思われるぐらい激しく強かったため、眠りが浅いものになった。全国で被害が相次いでいます。

 土佐の国「修行の道場」は16ヵ寺、39番札所・延光寺は16番目に当たり、お寺の池には、大きな鯉が沢山泳いでいました。土佐の国の最後のお参りとなりました。

 途中、四万十市(旧・中村市)にある「トンボ自然公園」に立ち寄りました。平日の早朝と雨模様であった事も重なり、数人の入園者であった。

 本日、菩薩の道場「伊予の国」(26札所)の最初の参詣は、40番札所・観自在寺となりました。きょから、伊予の国(360km)の歩き遍路が始まりました。

 先ほどのニュースは、ブレア英国首相が、来月退陣との報道。ブレア首相は、米国ブッシュ家の飼い犬と言われおり、イラク戦争の責任を取ったものです。
2007年5月9日(水)                元気で生きぬく力

07年5月9日 38番札所・金剛福寺
高知県土佐清水市足摺岬


07年5月9日 足摺岬灯台
高知県土佐清水市


07年5月9日 37番札所岩本寺
高知県高岡郡四万十町
 
 青い海と真っ赤な太陽、修行の道場は真夏日和となっています。あまりにも暑いので、サポーターに助けてもらいました。

 37番札所・岩本寺は、天井の絵画が見ものです。マリリンモンローから猫など、何でも描かれており、多くの皆さんの参画した天井展覧会だといえます。

 38番札所・金剛福寺は、足摺岬にあり、多くの参詣者が観光バスを連ねてお参りしていました。ちょうど、5時前であったので、納経所の前は混雑していました。

 観光バスのナンバーをみると、四国4県はもちろん、東京、名古屋、大阪、岡山など、四国霊場88箇所の巡礼は増加の一途といえます。

 歩き遍路も最大級の方との出会いがありました。霊場めぐりは、無数の動機があり、長い人生を元気に生き抜く力にしてほしいと願っています。
2007年5月7日(月)            中野勇人さんのお蔭です

07年5月7日 60番札所・横峰寺
西条市小松町石鎚




07年5月7日 60番札所・
横峰寺の登山口
有料道路料金所(平野林道) 
 
 7日の「歩き遍路」サポーターは、中野勇人さんにお願いしました。今日は、私の失敗談を明らかにしながら、名サポーターのお蔭で上手くいった話です。

 私は、今朝4時ごろ起床、午前6時に家を出発しました。愛媛県西条市の60番札所・横峰寺の登山口到着は7時半でした。さー歩いて登ろうと思ったところで、大ミス発見!

 なんと、携帯電話とお納経帳がない?すぐ池田まで引き返す破目になりました。高速道路を使って1時間、自宅まで帰り二つをもって西条市まで、到着は9時半になりました。

 それから歩いて2時間半、横峰寺到着は12時前でした。1時間ほどお参りと休憩、午後1時に出発、61番札所・香園寺(こうおんじ)には、午後3時の到着となりました。

 62番宝寿寺(ほうじゅじ)、63番吉祥寺(きっしょうじ)、64番前神寺(まえがみじ)と順調に終えることができました。すべては名サポーターのお蔭です。感謝・感謝・・・・です。
2007年5月6日(日)                9条改憲は戦争への道

07年5月6日 9条ネット結成総会で
決意表明する藤田恵(元木頭村長)
徳島県三好市
 
 米国防省は4日、イラク駐留米軍の精神衛生面について、激しい戦闘を経験した兵士の30%が心的外傷ストレス障害((PTSD)の症状を示していると公表した。
 
 調査によると、精神面での症状を示しているのは、初派遣で17%だが、派遣2回以上では、27%に上昇。派遣期間が長く、回数が多いほど発症率も高くなっています。
 
 日本では、戦後レジーム(体制)からの脱却を唱える安倍内閣の下で、世界に誇れる「平和憲法」を戦争のできる憲法に改憲しようとしています。

 6日、平和憲法をまもる、即ち、憲法9条をまもる「9条ネット・四国」の結成集会が三好市池田町で開かれました。参院選挙の予定候補者に「藤田恵」さんの擁立を決定しました。
 
 藤田さんは、元・木頭村長で、「木頭ダム反対闘争」を闘い勝利に導きました。7月の参院選挙でも、憲法9条改悪反対で勝利しなければいけません。

2007年5月5日(土)                ごもっともな事ばかり

 昨夜、80番札所・国分寺の近所で宿泊しました。民宿のおじいちゃん(88歳)と「歩き遍路」の効能について、話がはずみました。

 一つは、池田勇人元総理が、大学時代「顔にぶつぶつ」ができたため、親が歩き遍路をして汗をかけば治るということで、歩いて治したということです。

 二つめは、妊娠できなかった女性が、歩き遍路をしたことで、赤ちゃんができ、喜びの報告があったと言う事実です。最近の遍路の悪い事例も聞きました。

 85番札所・八栗ケーブル前で40年間食堂経営している方から「お店の自動販売機の差込をぬいて、携帯電話の充電をしたり、炊飯器でご飯を炊いて、知らん顔している。」

 「昔の遍路は落ち着いていたが、いまは、スタンプラリー化している。」など、世相を反映している実態を拝聴しました。考えさせられることばかりで・・・・・・・・反省・反省です。

07年5月5日 86番札所・志度寺の五重の塔
香川県さぬき市志度

07年5月5日 85番札所・五剣山と八栗寺
高松市牟礼町

07年5月5日 八栗ケーブルカー
高松市牟礼町

07年5月5日 81番札所・白峯寺
坂出市青海町

2007年5月4日(金)                父の名前が寺号となった

07年5月4日
77番札所・道隆寺(どうりゅうじ)
香川県仲多度郡多度津町


07年5月4日 75番札所・善通寺
香川県善通寺市善通寺町


07年5月4日 70番札所・本山寺
香川県三豊市豊中町
 今朝、我が家をでて、70番札所・本山寺から80番札所・國分寺まで終えました。涅槃の道場(香川県)は、四国の中で一番短い延長になっています。

 阿波の国(発心の道場)は、23札所・約220.5km、土佐の国(修業の道場)は、16札所・約383.4km、伊予の国(菩薩の道場)は、26札所・約359.7kmです。

 讃岐の国(涅槃の道場)は、23札所・約152.8kmです。ゆえに、同じ敷地内に二つの札所(寺院)があったりします(68番と69番)。香川県は、面積の一番小さい県です。

 仏様に見守られながら、闇の中を心静かに進みゆく精神修養の場・それが戒壇めぐりです。中に入って、まず左手を伸ばし、左側の壁を伝って「南無大師遍照金剛」と一心に唱えながら、ゆっくりと進みます。今日はこれも体験しました。

 善通寺は、弘法大師の誕生の地であり、紀州高野山、京都の東寺とともに、弘法大師の三大霊場の一つであります。父の名前は佐伯善通で、父の名前を寺号としたそうです。

2007年5月3日(木)                讃岐路も順調に往く
 
 本日から4日間かけて、讃岐の国(涅槃の道場)巡りをすることにしました。土佐の国(修行の道場)は、日程的に無理があるため、変更したものです。

 今朝、8時に我が家を出立、65番・三角寺、66番・雲辺寺、67番・大興寺、68番・神恵院(じんね)、69番・観音寺まで終えることができました。

 一番の難所は、三角寺から池田町に入って、雲辺寺までの歩き遍路が堪えました。約2時間余り、勾配の急な坂道を上り続けました。

 汗がダクダクとでて、下着はびっしょりとなりました。明日、あさっては一泊二日で巡ります。讃岐は、4日間で終了としたいものです。

 65番札所・三角寺に、同行二人ご詠歌の建立がありました。「ありがたや行くもかえるも、とどまるもわれは大師と二人づれなり」。明日からも歩き遍路頑張ります。

07年5月3日
68番札所(神恵院)・69番札所(観音寺)
香川県三豊市山本町


07年5月3日
65番札所(三角寺)から
66番札所(雲辺寺)の遍路道

07年5月3日
66番札所雲辺寺
徳島県三好市池田町


07年5月3日
65番札所三角寺
愛媛県四国中央市金田町
2007年5月2日(水)            新風民主クラブでスタート
 
 第16回統一地方選挙(3月30日告示、4月8日投・開票)で、徳島県議会選挙に当選した41人のメンバーの初顔合わせがありました。

 定数2減により、総定数は43人から41人となり、とりわけ徳島選挙区の現職議員が落選という一番厳しい結果を、革新系会派がもろにかぶった。

 4人以上の会派は交渉会派と呼ばれ、各派会長幹事長や議会運営委員会の正式メンバーとなれるほか、本会議で代表質問ができ、条例など議案の提案もできます。

 共産党と改革県政会が4人を下回ったため、交渉会派は6会派から4会派に減少した。自民新政会11人、自民交友会9人、明政会7人、新風民主クラブ6人の4会派となった。

 新風民主クラブ(旧・新風21)は、会長に臼木春夫、副会長黒川征一、幹事長庄野昌彦、松崎清治、黒崎章、吉坂保紀の6人となったが、3人の新旧交代も生じた。

07年5月2日 クレマチス
三好市池田町中西

2007年5月1日(火)        憲法9条の改憲はいけません

07年5月1日
第78回三好地区メーデー
三好市池田町保健センター


07年5月1日
第78回三好地区メーデー
三好市池田町保健センター
 5月1日、第78回三好地区メーデーが雨模様の天気のため、三好市保健センターで開かれました。やっぱし、メーデーは屋外で、デモ行進との思い込みが・・・・・・強い。

 今年のメーデーは、ワーキングプアに象徴される「貧困と差別」が深刻化している状況を継続する安倍政権に対し、7月の参議院選挙は、反自民での思いがつよい。

 特に、安倍政権は、自らの在任中に憲法を「改正」して、集団的自衛権を行使できるようにするため、躍起になっています。

 集団的自衛権の容認は、日本の自衛隊が米軍と一緒になって、地球の裏側まで戦争が出来る仕組みをつくる事であり、憲法9条2項はこのことを認めていません。

 戦後62年間、日本が外国の戦争に巻き込まれず、若者が戦死しなかったのは、憲法9条のたまものです。安倍政権の目指す集団的自衛権は、絶対認めてはいけません。
2007年4月30日(月)                心と体の鍛錬



07年4月30日
36番札所青龍寺
高知県土佐市宇佐町


07年4月30日
塚地峠(延長2km)
高知県土佐市塚地
 一週間ぶりに帰宅し、ホッとしています。歩き遍路しながらホームページの更新は、言うは易しいがなかなか大変です。

 疲労困憊の上に、照明が暗い、机がなかったり等の悪条件も重なります。されど、継続は大切と考え、これからの道中も続けます。

 土佐市の青龍寺(しょうりゅうじ)は、36番札所ですが、四国遍路1200kmの半分程度に位置します。高知県は、あと三ヶ寺(37番岩本寺・38番金剛福寺・39番延光寺)です。

 今晩、明日、明後日の三日間は、我が家で宿泊し、3日の朝出発し、5日に帰宅します。5月7日から一週間、歩き遍路となります。

 歩くことは、後ろ足を前へ・・・・・前へ運ぶことです。まことに、簡単至極なりといえますが、足まめが出来たり、暑い日、風の日、雨の日などの悪条件が、ブレーキをかけます。
2007年4月29日(日)                歩き遍路は順調

07年4月29日
長浜街道でアイスクリンを買う
高知市長浜


07年4月30日
33番札所雪蹊寺
高知市長浜


07年4月29日
30番札所善楽寺
高知市一宮
 
 本日の歩き遍路は、30番札所・善楽寺(ぜんらくじ)から35番札所・清滝寺(きよたきじ)まで五ヶ寺を訪問し、予定を上回る成果を上げました。

 それにしても、昨夜の宿泊は、最低の中身でありました。風呂、洗面所、部屋、布団と、どれもこれも大変なレベルでした。階段も急峻で、身の危険を感じるものでした。

 一泊朝食付4,600円だが、とても宿泊者が安心できるものではありません。29日の宿泊は、1泊二食付6,000円で、これは安全・安心、快適で夕食も大変よい中身です。

 きょうの「歩き遍路」は、ベストコンデションで30kmほど歩きました。明日(30日)は36番札所清龍寺(しょうりゅうじ)まで巡ります。

 3時ごろには終えて、夕方は池田町に帰ります。1日はメーデー、2日は県議会議員の初顔合わせが予定されています。

2007年4月28日(土)                平坦道も疲れます
 
 晴天のアスファルト路面は、疲労が相当溜まりますが、風が強く吹いていたので助かりました。今日の歩き遍路は、約20kmでした。

 朝、8時半ごろから歩き始め、夕方4時半ごろまで歩き、28番札所・大日寺と29番札所・国分寺まで終えました。

 今日から、サポーターが、妻から息子(洋志)に交代です。洋志には30日まで支援して貰います。30日の夕方は、池田へ帰る予定です。

 高知市内は、車の騒音と交通量に、ギブアップします。お寺もこじんまりしています。明日からは30番札所・善楽寺(ぜんらくじ)、31番札所・竹林寺(ちくりんじ)。

 32番札所・禅師峰寺(ぜんじぶじ)、33番札所・雪渓寺(せっけいじ)まで、約20kmあります。平坦道で、信号と車の危険を察知しながらの歩き遍路もなかなかのものです。

07年4月28日
28番札所大日寺から
29番札所国分寺への遍路道


07年4月27日
27番札所神峰寺の山門
高知県安芸郡安田町

07年4月28日
28番札所大日寺
高知県香南市野市


07年4月28日
27番札所神峰寺
高知県安芸郡安田町
2007年4月27日(金)                百聞は一見に如かず
 
 午前中、明治維新の志士・中岡慎太郎の生家を訪問した。中岡慎太郎は、1838年高知県安芸郡北川村柏木の大庄屋に誕生しています。

 中岡は、坂本龍馬とともに明治維新の立役者であり、坂本が「理」を説き、中岡は「義」を唱えています。1867年、30歳のとき京都河原町近江屋で襲撃され、死亡しています。

 午後は、海抜430mにある27番札所・神峰寺(こうのみねじ)を訪問。海岸沿いにある国道55号から、一気に上るコースは大変きつい行程です。

 片道4kmを往復する神峰寺、歩き遍路の方は、往復3時間かけて上り下りするようです。私は、一服する暇もなしに参詣し、約2時間半かかっています。

 足のマメも、できてはつぶれ、できてはつぶれ・・・・・・。筋肉痛も、歩くコースによって違ったところが痛みます。高知県は、見聞を広げながらも修行の道場です。

07年4月27日
藤の花27番札所神峰寺
高知県安芸郡安田町
 

07年4月27日
中岡慎太郎の生家
高知県安芸郡北川村柏木

2007年4月26日(木)                修行の道場入門

07年4月26日
中岡慎太郎の立像
室戸市室戸岬町


07年4月26日
民宿徳増のおばあちゃんと
室戸市佐喜浜


07年4月26日
民宿徳増から日の出を撮影(午前5:30)
室戸市佐喜浜
 26日から、いわゆる修行の道場に入り、24番札所最御崎寺(ほつみさきじ)が、最初の訪問寺、室戸岬の高台にあります。

 きょうは、晴天であったが、風があり、歩き遍路には最適でした。民宿・徳増を8時に出発、さっそうとウォーキングを楽しみました。

 途中10時ごろ、kさんからメール「震度4の地震が、9時ごろありました。室戸市は大丈夫ですか?」と。私は、メールで初めて地震を知りました。

 妻は運転中、地震を感じて、車を停止したようです。それにしても、日本列島の地震は多いですね。地震・雷・火事・・・・・・はいまだ健在と言えます。

 26日は、24番から、25番津照寺(しんしょうじ)、26番金剛頂寺(こんごうちょうじ)まで巡りました。高知県内の札所の呼び名は難解です。
 
2007年4月25日(水)                東洋町長を表敬訪問

07年4月25日 佐喜浜川で寛ぐ
高知県室戸市佐喜浜町


07年4月25日
澤山保太郎・東洋町長の表敬訪問
高知県安芸郡東洋町役場
 24日の宿泊は、東洋町まで車で10分の民宿宍喰で、素泊まり3,500円でした。朝8時前に、坂本高知県議に依頼し、東洋町長表敬訪問のアポをとりました。

 8時15分、東洋町役場を訪問、早速当選のお祝いと激励を申し上げました。澤山保太郎町長の父は、徳島県吉野川市、祖父は池田町の出身には驚きました。

 澤山町長は、25日の朝8時30分に役場を出て、飯泉徳島県知事や海部郡内の首長訪問をするとのことでした。前日は、橋本高知県知事らの訪問をしていました。

 澤山町長は、室戸市会議員を経験しています。核廃棄物処分場の問題が発生してからは、東洋町民から、頼まれれて、町長選挙に出馬したようです。

 本日の日程に、霊場88箇所巡りはありませんでした。明日(26日)から、室戸岬を巡ります。高知県は修行の道場、民宿徳増から24番最御崎寺までは、17kmあります。
2007年4月24日(火)           厳しくも楽しい歩き遍路

07年4月24日
薬王寺
徳島県海部郡美波町


07年4月24日
薬王寺展望台の観音像
徳島県海部郡美波町


07年4月24日
田植えの作業
徳島県海部郡美波町奥潟
 我が家を10時半に出発、2時間半かかって日和佐には、午後1時に到着。23番札所・薬王寺でお参りし、昼食もかねて約1時間滞在しました。

 昼食は、妻が我が家から持ってきた「おにぎり」を、薬王寺の展望台の椅子に腰掛けていただきました。大きい「おにぎり」を3個食べた為、その後の歩きが窮屈になりました。

 やっぱし「腹8分目」とはよく言うたものです。日和佐町奥潟で田植えをしているおばちゃん二人に出会いました。早速、写真撮影をお願いし、許可をもらいました。

 国道55号を宍喰町へ向かって歩いていると、携帯電話の鉄塔によじ登っている方に出会いました。かって、船舶通信の仕事をしていたYさんです。

 歩き遍路の話をすると、Yさんはびっくりしていました。修行が不足しているので遍路をやっていると心情を述べておきました。「犬も歩けば棒に当る」とはこのことですね!
2007年4月23日(月)                再度「歩き遍路」出発
 
 22日、23日と、我が家で二泊、諸々の用件を終えて、24日の朝から阿波国の最後、23番札所・薬王寺へ向けて「歩き遍路」に出発します。

 立江寺で宿泊したとき、「一粒の米にも万人の苦労がかけられています。一滴の水にも天地の恵みがかけられています。ありがたくいただきます。」と書かれてありました。

07年4月23日
障害者自立支援法学習会
三好市池田町
 
 歩き遍路をしていると、多くの皆さんに出会い、いろんな皆さんから学びます。80歳を超える方が、妻が死んで一周忌、歩き遍路の旅に東京から初めて四国に来た方。

 歩き遍路は4回目、右半身不随だが、老人車を押しながら巡っている56歳の男性。この方は、88ヶ所以外に別格をもお参りし、一ヶ月かけて阿波一国を参詣しています。

 団塊の世代、心身ともに元気、飛ぶように参詣している方など、まさに「みんな違ってみんな好し」です。次の帰省予定日は、メーデー参加の為、4月30日です。
2007年4月22日(日)             我が家の寛ぎは最高

07年4月22日
ケマンソウ
21番太龍寺阿南市加茂町


07年4月22日
20番鶴林寺から21番太龍寺への遍路道
勝浦郡勝浦町


07年4月22日
20番鶴林寺の山門
勝浦郡勝浦町
 21日の宿泊は、小松島市にある19番札所・立江寺、1泊2食で5千円でした。6番札所・安楽寺に続き2回目となり、住職のお説教を聴くのが楽しみになりました。

 立江寺の宿坊は、相当古く歩くとみしみし、大きな音が出ます。宿坊の朝食は、大変早いのが特徴です。今朝も午前6時から開始、6時半ごろは殆んどの人が終了です。

 20番札所・鶴林寺から21番札所・太龍寺まで、坂道の下り・上りを3時間ほどかけて歩きました。山道の道祖神は、江戸時代に建立されたものが多く見うけられました。

 太龍寺は、弘法大師が19歳のとき修行した寺で、空海の「空」はこのときに思いついたものと言われています。厳しい修行の地から、四国の高野山と呼ばれています。

 本日最後の訪問寺は、阿南市にある22番札所・平等寺。ここの寺を午後3時に出発し、我が家の到着は、午後6時になりました。やっぱし我が家の寛ぎが一番です。
2007年4月21日(土)                わが道を往く

07年4月21日
18番恩山寺から19番立江寺までの遍路道
小松島市


07年4月21日 14番常楽寺
徳島市国府町


07年4月21日 水車(神山温泉)
名西郡神山町
 本日、最初の訪問札所13番大日寺に、9時30分頃到着、3時間かけて17番井戸寺まで歩きました。18番恩山寺から19番立江寺まで2時間かかりました。

 3日目に入り、我輩は、足のマメや筋肉痛で歩くスピードが落ちています。が、観光バスによる四国遍路の旅は、動きが早い。まさに、時間との競争です。

 それに比べて、私は亀の歩み、一歩・一歩着実に歩んでいます。自分の足だけが頼りです。それでも、最大のサポーター(妻)は、携帯電話でご機嫌伺いをしくれます。

 道中、多くの方と会話を楽しんでいます。多くのことを教えてくれます。「人生は遍路なり」の言葉通りです。「観光バスも良し、歩き遍路もよし」といったところです。

 今の世の中、少し横並びとか競争といった事に気を使いすぎるようです。人生みんなちがって、みんなよし。雨の日は雨を往く、天気の日は太陽に向かって往く。
2007年4月20日(金)         足のマメがつぶれるかも?

07年4月20日
桃の花
阿波市土成町


07年4月20日
安楽寺
板野郡上板町
 宿坊の安楽寺(六番札所)を7時50分に出発、7番札所十楽寺で気安く話しかけると、私の生まれ故郷(松尾)の方と分かる。もっと言えば、縁戚に当たるとのことでした。

 相手(吉野川市在住のkさん)も、私も初めての出会い、しかし、先の県議会選挙で無投票当選を熟知、新聞などでは知っていたが、写真とは大分違うと言われました。

 何よりも、相手さまが喜んでくれました。7番から8番熊谷寺までは、田園地帯の中を闊歩、8番から9番法輪寺までは2.4km、9番から10番切幡寺(市場町)は3,8km。

 10番から11番藤井寺(11番吉野川市鴨島)は9,3km。11番から12番焼山寺は12kmで本日の行程は終了。宿泊は神山温泉、車で移動しました。

 神山温泉のお風呂は大変よかった。マッサージも4千円を奮発してやってもらいました。大分楽にはなりましたが、足のマメはつぶれる寸前です。
2007年4月19日(木)                歩き遍路スタート

07年4月19日
歩き遍路2番から3番札所
板野郡板野町


07年4月19日
四国霊場1番霊山寺
鳴門市
 19日午前中、池田町川崎地区の砂防工事安全祈願と「水辺の楽校」の式典に参加しました。午後から、四国霊場88箇所「歩き遍路」の旅に出発しました。

 午後1時我が家を出ました。一番札所「霊山寺」の到着は午後2時、いろいろと雑用を済ませて出発は午後2時45分になりました。2番札所「極楽寺」は3時10分に到着。

 3番札所「金泉寺」、4番札所「大日寺」、5番札所「地蔵寺」までで約11km、午後5時終了しました。お納経帳の受付が午後5時となっており、今日はここで終了です。

 宿泊は、6番札所「安楽寺」の宿坊に決めました。夕食は外食、朝食は宿坊で取ることになりました。一泊朝食付きで5千円、二人で1万円の支払いとなりました。

 午後7時から40分間、住職のお説教がありました。砂漠の宗教(イスラム教、キリスト教)と森の宗教(仏教)の違いを述べていました。勉強になりました。
■ 070519 高野山への御礼参り     ■ 100806 新四国曼荼羅88ヶ所の巡拝
■ 110415 四国不動霊場36ヶ寺、四国霊場別格20ヶ寺の56寺    ■ 121019 四国霊場逆打ち参拝
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■  新四国曼荼羅88ヶ所の巡拝を終えて  ■

2010年8月6日(金)             自治労四国地連大会

 新四国曼荼羅88ヶ所の巡拝を終えて、「御本尊」の整理をすると1ヶ寺が抜け落ちていた。それが気になっていたので、本日から愛媛県新居浜市へ出張するので、お寺さんへ立ち寄ることにした。

 あらかじめ連絡していたので、四国中央市富郷にある「真観寺」へお邪魔すると、住職が丁寧に対応して頂いた。その後、旧・別子山村を経由し、1時間かけて新居浜市内のホテルに到着。

 午後からの、自治労四国地連の大会に出席した。自治体議員連合の分科会には、寺尾晴志・自治労四国地連議長(愛媛県本部委員長)が出席し、自治体を取り巻く情勢について御挨拶があった。

 自治体議員連合には、四国4県から17名の参加があった。座長には、宇和島市議の岩城さんを選び、夫々の議員活動について約2時間、報告と相互討論がされた。日常活動の強弱が勝敗を決める事を学ぶ。

 活動報告書(ニュース)の配布でも、手配りと郵送の割合に大きな違いがあった。ホームページやブログ、ユーチューブは、まだまだ活用されていない実態も明らかになった。

               
              
             自治労四国地連大会・自治体議員連合総会及び交流会


2010年7月22日(木)           四国霊場・二つの88ヶ寺

 それにしても、猛暑!久しぶりに在宅したが、クーラーがなければ体がもたない。昼ごろ、知人の葬儀に参列した以外は、出歩くこともなく、書類の整理、県議会事務局との連絡で終わった。

 陽明学者・安岡正篤(まさひろ)氏が説いた「知識より見識、見識より胆識」という言葉がある。葬祭場で「新四国曼荼羅88ヶ所」が話題になった。四国霊場88ヶ所は知っているが、新四国曼荼羅は知らない様子。

 市役所の幹部は、新四国曼荼羅も「88ヶ寺あるのか」と尋ねた。平成元年12月8日に開創されたがその程度の知識だ。「曼荼羅」を最初に日本に伝えたのは弘法大師空海である。

 曼荼羅の世界は大日如来を中心にすべての如来菩薩、神々、餓鬼畜生までが共存し、たがいに連携して一つの世界が成り立っていることを表現している。密教によるこの世界は地、水、火、風、空、識から成立。

 四国霊場88ヶ寺の1番札所は鳴門の霊山寺で、88番札所・結願寺は香川県さぬき市の大窪寺。新四国曼荼羅88ヶ寺の1番札所も鳴門の東林院だが、88番札所・結願寺は徳島県那賀町の黒滝寺となっている。


2010年7月21日(水)              黒滝寺で結願
  
  午前7時の薬王寺      別格「鯖大師」 


  

    江音寺の南海地震標識   87番札所・正光寺


  

  84番札所・弘法寺   88番札所・黒滝寺で結願


  

  ドライバーの林菊雄さんと井内住職と記念撮影
 猛暑がつづく真夏日。7月13日(火)から9日間連続して「新四国曼荼羅88ヶ寺」の巡拝を敢行した。本日(21日)、黒滝山(標高700m)の頂上にある第88番札所・黒滝寺で結願した。

 快晴で透き通るような青空、周囲は緑一色、黒滝山にある「黒滝寺」。公私ともご多忙の中、井内住職に結願の報告を行い、結願「証」を頂いた。そのとき、時計はちょうど「正午」を告げた。

 日和佐「薬王寺」の本堂で、午前6時から「お勤め」を行い、午前7時に宿坊をスタートした。84番札所・弘法寺(こうほうじ・海部郡美波町)。途中、四国霊場番外札所・鯖大師本坊にも立ち寄った。

 85番札所・満徳寺(まんとくじ・海部郡牟岐町)。86番札所・江音寺(こうおんじ・海部郡海陽町浅川)は、安政の大津波で流されたが、南海地震(昭和21年)時の津波は、無事であった(寺の住職)。

 87番札所・正光寺(しょうこうじ・那賀郡那賀町平野)。88番札所・黒滝寺(くろたきじ・那賀郡那賀町阿津江)から神山町経由で吉野川市山川まで、国道193号を利用したことで、池田町に2時間で帰宅した。

 この夏日、連続9日間の巡拝を無事結願できたのは、ベテラン運転手・林菊雄さんの「おかげ」であった。心から感謝と御礼を申し上げる。新四国曼荼羅88ヶ所は開創22年目になる。

 曼荼羅(マンダラ)の意味は、インドのサンクリット語で、マンダは「本質」を意味し、「ラ」は得る。即ち、本質を得ることである。巡拝の修行から「社会の本質」を得ることにある。無事で何より、すべては「おかげ」さん。

2010年7月20日(火)           暑さにも負けず参拝

大粟神社



長谷寺
午前7時に車で出発、高速道路経由で神山町の73番札所・大粟神社(おおあわじんじゃ・名西郡神山町)に着いたのは9時半であった。大粟神社は、女の神さんで、全国から多くの女性が参拝するとのこと。

 72番札所・妙法寺(みょうほうじ・名西郡神山町上分)は、曼荼羅の事務局を行い、小さい寺だが大いに頑張っている。74番札所・寶蔵寺(ほうぞうじ・名東郡佐河内村)。75番札所・地蔵院(じぞういん・徳島市)。

 76番札所・観音院(かんおんいん・板野郡藍住町奥野)住職の奥さんと、意見交換がを大いに行った。77番札所・万福寺(まんふくじ・徳島市吉野本町)。78番札所・東宗寺(とうしゆうじ・徳島市寺町)。

   
79番札所・東照寺(とうしょうじ・徳島市福山2丁目)。
80番札所・地蔵寺(じぞうじ・小松島市松島町)。
81場・中津峰山如意輪寺(なかつみねさんにょいりんじ・徳島市高家良町)。
山田戒乗住職から御本を戴いた。


山田戒乗住職・中津峰山如意輪寺
   

 書名は「朝念暮念」ー8千枚護摩成満記念ー心から感謝感激した。82番札所・長谷寺(ちょうこくじ・徳島市渋野)。83番札所・神宮寺(じんぐうじ、阿南市新野町)の隣は神社があった。

 前週の火曜日にスタートした新四国曼荼羅八十八所巡拝も残すところ5ヶ寺となった。今晩の宿泊は「薬王寺」のある地となった。これも御縁であろうか。ドライバーの林菊雄さんのお陰ですべては順調だ。

2010年7月19日(月)            参詣は順調

 19日、日本列島に強い日ざしが照りつけ、大分県中津市で36.8度まで上がった。池田町も33.8度まで上昇したが、暑さにもひるむことなく、61番札所・定福寺(じょうふくじ・高知県大豊町)へ参詣。

 自宅を8時に出発、定福寺到着は9時前、釣井住職と30分ほど世間話をした。62番札所・持性院(じしょういん・三好市山城町上名)では、前住職の奥さんと談笑。63番札所・長福寺(ちょうふくじ・山城町大月)。

 64番札所・蓮華寺(れんげじ・池田町ハヤシ)、新四国曼荼羅霊場会の会長・石井教道さんと久しぶりにお逢いし、有意義な再会となった。ときどき「立ち寄って下さい」と頼まれた。65番札所・願成寺(がんしょうじ)。

 65番は東みよし町。66番札所・地福寺(じふくじ・井川町井内東)。67番札所・滝寺(たきじ・三野町加茂野宮)。68番札所・願勝寺(がんしょうじ・美馬市美馬町))。69番札所・神宮寺(じんぐうじ・つるぎ町半田)。

 70番札所・東福寺(とうふくじ・つるぎ町貞光)。71番札所・報恩寺(ほうおんじ・吉野川市鴨島)の住職さんとは30分ほど意見交歓した。前週の火曜日に始まったお参りもあと二日で終了。

              
  定福寺の釣井住職           定福寺のハスの花           蓮花寺の石井名誉住職

              
   64番札所・蓮花寺の庭          68番札所・願勝寺            70番札所・東福寺

2010年7月18日(日)        高知県は「和合の世界」

 朝のウオーキングから帰ると7時前になっていた。約4kmほどは散歩しただろう?愛媛県愛南町西海の民宿(とらや)の夕食(魚料理)は最高であった。8時に民宿をスタート、55番札所は高知県に入った。

 55番札所・鳳彩寺(ほうさいじ・宿毛市小筑紫)には9時前に到着した。お寺の改築をしていた。住職さんは温厚な人柄、奥さんが宿毛市の松田典夫(JAの幹部、市教育委員長)さんに電話して下さった。

 松田さんや住職さんと1時間ほど意見交歓した。56番札所・石見寺(いしみじ・四万十市安並)から57番札所・観音寺(かんおんじ・須崎市大間西町)までの距離は約80km。57番の住職さんは大いに好感した。

 58番札所・峰興寺(ほうこうじ・高岡郡越知町)は智慧の文殊さんの寺。59番札所・薬師寺(やくしじ・高知市介良丙)は、車道がなく、220ほどの階段を上る以外に方法ない。60番札所・閑慶院(かんけいいん)。

 60番札所は、安芸市にあり、大河ドラマ龍馬伝の「こころざし社中」岩崎弥太郎の生誕地に隣接、菩提寺でもあった。本日の走行距離は、300kmを超えた参詣。往く先々で雨と龍馬伝のラッシュに遭遇した。

 高知県の6ヶ寺(55番から60番)が、新四国曼荼羅の「火=和合の世界」となっている。明日(19日)からは「風=創造の世界」へと移る。それにしても、高知県の広さと曼荼羅寺の少なさに驚嘆した。

                
      55番札所・鳳彩寺で、住職・松田典夫さんと鼎談         後方に見えるのが59番薬師寺

             
        60番札所・閑慶院は岩崎弥太郎の菩提寺              岩崎弥太郎の生家


2010年7月17日(土)           愛媛県の巡拝終了

 今朝(17日)は、午前6時から松山城へウオーキングした。6時20分すぎに天守へ行くと多くの皆さんが、すでに集まっていました。朝のNHKラジオ体操の時間まちをしている様子でした。

 私はすぐにUターンしてホテルに帰った。7時からの朝食に間に合わせるためだ。午前8時過ぎにホテルを出発、45番札所・法寿院(ほうじゅいん・東温市西岡)へ。朝の挨拶は、「今日は暑くなりますね!」でした。

 46番札所・香積寺(こうしゃくじ・東温市重信町)。47番札所・理正院(りしょういん・伊予郡砥部町)の住職は91歳、老いてますます元気でした。48番札所・称名寺(しょうみょうじ・伊予市上吾川)。

 49番札所・伊予稲荷神社(いよいなりじんじゃ・伊予市稲荷)。50番札所・高昌寺(こうしょうじ・喜多郡内子町)、涅槃観音の横たわる大きな御姿が印象的でした。坂村真民の詩が心に残ったお寺。

 51番札所・龍澤寺(りゅうたくじ・西予市城川町)。52番札所・永照寺(えいしょうじ・西予市野村町)、バラのとげを封じ込めた寺で有名。53番札所・善福寺(ぜんぷくじ・西予市宇和町)。

 54番札所・泰平寺(たいへいじ・宇和島市神田川原)、愛媛県の最後の札所で、カーナビも分からんような複雑怪奇な場所でした。丁度5時に巡拝を終了し、愛南町西海まで50分車を走らせ、民宿に投宿した。

 

         愛媛県喜多郡内子町の50番札所・高昌寺に掲示していた坂村真民の詩


2010年7月15日(木)              水=愛情の世界

 新四国「曼荼羅」霊場88ヶ所は、1番札所・東林院から24番札所・宗林寺までを「地=知恵の世界」と呼称。13日、14日の二日間でこの24番札所を回った。15日も、林菊雄さんの運転で、午前8時に我が家を出発。

 25番札所・光厳寺(こうごうじ)から愛媛県四国中央市金生町に入る。もう一つの言い方は、「水=愛情の世界」だ。26番札所・真観寺(しんかんじ・四国中央市富郷町)の大海住職から、大変な接待を受けた。

 27番札所・新長谷寺(しんはせでら・四国中央市寒川町)は、「新」がついているから、比較的新しいのかと思ったら、大変古く由緒ある寺だ。125段の石段を登ると眼下に瀬戸内海が広がり、眺望は絶景だ。

 28番札所・三福寺(さんぷくじ・四国中央市土居町)。29番札所・明正寺(みょうしょうじ・新居浜市黒島)。30番札所・萩生寺(はぎゅうじ・新居浜市萩生)。31番札所・王至森寺(おしもりじ・西条市飯岡)。

 3日目は、31番札所で打ち止めした。夕方から三好市労連の中央委員会等があり、池田町には午後4時過ぎに帰宅した。各々の寺院で住職らと交わす会話は心に残り、余生の生き方に大きな影響を与える。

           

            


2010年7月14日(水)         香川県の曼荼羅霊場終了

 前回(3年前)の88か所巡拝は「歩き遍路」であった。今回の四国霊場巡拝は、車での移動となっておりテンポが速い。四国霊場88か所の1番札所・霊山寺は鳴門市大麻町にあり、時計回りで四国一巡した。

 今回の、新四国曼荼羅霊場88か所の1番札所・東林院も鳴門市大麻町にある。ただ、巡拝は時計回りの反対で、香川県、愛媛県、高知県を経て、最終は徳島県那賀町の黒滝寺が、88ヶ所の結願となっている。

 朝食を7時半に終えて、第12番札所・菩提院(ぼだいいん)、13番札所・鷲峰寺(じゅうぶじ)、14番札所・観音寺(かんのんじ)、15番札所・顕正寺(けんしょうじ)では、三好市の寺に親戚(従姉弟)がある事と知った。

 16番札所・松尾寺は琴平町の金丸座の直下にあった。17番札所・仏母院(ぶつもいん)、18番札所・善性院(ぜんしょういん)、19番札所・宝積院(ほうしゃくいん)、20番札所・延命院(えんめいいん)。

 21番札所・伊舎那院(いしゃないん)、22番札所・蜜蔵寺(みつぞうじ)は曼荼羅霊場の事務局をしている。23番札所・琴弾八幡宮(ことひきはちまんぐう)、24番札所・宗林寺(そうりんじ)で午後5時となり終了した。
 
            

           


2010年7月13日(火)         新四国曼荼羅霊場88ヶ所巡拝

    

    

 新四国曼荼羅霊場は、四国の大自然からのメッセージを肌で感じ、修業実践の道場である。本日(13日)、新四国曼荼羅霊場88ヶ所の1番札所・東林院(とうりんいん・鳴門市大麻町大谷)から修業に入る。

 13日の朝、7時半に自宅を出発、1番札所・東林院には、午前9時に到着した。近藤住職は仙谷内閣官房長官と高校の同級生。733(天平5)年に行基菩薩が開基。2番札所・長谷寺(ちょうこくじ・鳴門市撫養町)。

 3番札所の不動院(ふどういん)は板野郡松茂町。第4番札所・潮明寺(ちょうめいじ・鳴門市土佐泊浦)を参拝後、昼食となった。第5番札所・長寿寺(ちょうじゅじ・鳴門市北灘町)は保育所を経営していた。

 6番札所・葛城神社(かつらぎじんじゃ・鳴門市北灘町)。7番札所・白鳥神社(しろとりじんじゃ・東かがわ市白鳥町)・8番札所・西教寺(さいきょうじ・東かがわ市大川町)。9番札所・玉泉寺(ぎょくせんじ・さぬき市)。

 10番札所・自性院(じしょういん・さぬき市志度町)。11番札所・田村神社(たむらじんじゃ・高松市一宮町)、神社に着いたのは17時前、本日の参拝はこれで終了。栗林公園の近くの「ルポール讃岐」で宿泊。

    

    

■ 070519 高野山への御礼参り     ■ 100806 新四国曼荼羅88ヶ所の巡拝  ■ 110415 四国不動霊場36ヶ寺、四国霊場別格20ヶ寺の56寺
■ 121019 四国霊場逆打ち参拝
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■  四国不動霊場36ヶ寺、四国霊場88ヶ寺の別格20ヶ寺の計56ヶ寺のすべてを終える  ■

2011年4月19日(火)           不動と別格の参拝修了
 
 男性長寿世界一となった京都府京丹後市の木村次郎右衛門さんが19日、114歳の誕生日を迎え、家族とともに赤飯とタイの塩焼きで祝った。おいしそうに食べた後、正座して般若心経を唱えたという。

 市職員によると、世界一になったことを「光栄。天のお告げだと心得ております」と話した。東日本大震災については「初耳」といい、経験した1927(昭和2)年の丹後大震災を振り返り、「人の力では左右できないこと」と語った。

 朝8時に我が家を出発し、「満濃の池」のある別格17番神野寺を参拝。満濃の池は雨不足で干上がっていた。別格19番香西寺は、高松市内にあり立派な構えであった。不動霊場32番天福寺、同33番不動浄土寺。

 同34番繁昌院、同35番厄除不動明王院、同36番成田山聖代寺と参拝。四国36不動霊場の36番成田山聖代寺は、四国の不動霊場の結願寺であり、「結願証」をお願いしたが、住職不在のために、郵送するとの返事であった。

 別格20番の大瀧寺は、標高約1000mに位置し、美馬市脇町にある。四国霊場88ヶ所総奥の院で結願寺。その為、ここでも「結願証」をお願いした。我が家に辿り着いたのは16時。大変寒い一日で、3月に舞い戻った気候だった。

2011年4月19日 別格20番大瀧寺 美馬市脇町 2011年4月20日   カイドウ 三好市池田町下尾後
2011年4月19日   結願の道   香川県さぬき市 2011年4月19日 別格20番大瀧寺 美馬市脇町
2011年4月19日 別格19番香西寺 高松市香西町  2011年4月19日 33番雷不動浄土寺 香川県三木町 
2011年4月19日 別格19番香西寺 高松市香西町 2011年4月19日 別格19番香西寺 高松市香西町
2011年4月19日 別格17番神野 香川県まんのう町 2011年4月19日 不動35番不動明王院 高松市
2011年4月19日別格17番神野寺 香川県まんの町  2011年4月19日  満濃の池  香川県まんのう町


2011年4月15日(金)               順調に参拝

 14日の宿泊は、我が家で寛ぎ、15日の早朝ウオーキングを終えた。昔から、「センベイ布団」といえども、「我が家では疲労回復できる」とは、このことだと実感。東日本大震災の皆さんの胸中を察して、胸が締め付けられる。

 自宅の出発は午前8時。最初の訪問地は国道192号線沿い四国中央市川滝町にある別格14番「椿堂」へ。さらに、山へ登って新宮町にある別格13番「仙龍寺」へ。ここは三角寺の奥の院であるが、檀家がないので四苦八苦。

 新宮インターから小松インターへ。車で10分西条市丹原町の別格11番「生木地蔵」。さらに、石鎚山麓の36不動23番極楽寺へ。下山して新居浜市にある36不動24番隆徳寺。その後、四国中央市土居町の別格12番延命寺。

 同じく土居地にある36不動25番「げん寿院」から高速自動車で観音寺市大野原町の36不動28番「萩原寺」。三豊市山本町29番明王寺、30番妙音寺、31番不動坊と36不動を参拝。本日の最終は別格18番海岸寺となった。

 これで、残すところ別格の2ヵ寺、不動の6ヶ寺で計8ヶ寺。来週の火曜日(19日)で四国不動霊場36ヶ寺、四国霊場88ヶ寺の別格20ヶ寺の計56ヶ寺のすべてを終えることとなる。すべては、「お蔭さん」です。感謝!感謝!

2011年4月15日別格18番海岸寺 多度津町 2011年4月15日36不動31番不動坊 多度津町
2011年4月15日別格12番延命寺 四国中央市土居町 2011年4月15日36不動29番明王寺 三豊市山本町
2011年4月15日36不動23番極楽寺 西条市大保木 2011年4月15日 36不動24番隆徳寺 新居浜市
2011年4月15日別格13番仙龍寺 四国中央市新宮町 2011年4月15日別格11番生木地蔵 西条市丹原町 


2011年4月14日(木)           走行距離300kmの参拝

 14日の走行旅程300km。宇和島市のホテルを7時半に出発。最初の霊場・別格6番龍光院は、昨年護摩を焚いていて屋根裏に火がまわって火事になった寺。住職との会話は、火事から原子力発電の怖さの話になった。

 その後、40分走行して大洲市の別格八番の十夜ヶ橋(とやがはし)へ。弘法大師は、「ゆきなやむ 浮世の人を 渡さずば 一夜も十夜の 橋と思ほゆ」と御詠歌にある。一夜を10夜に感じるほど空腹のまま橋の下で野宿された。

 標高880mの高さにある別格7番の出石寺(大洲市)。「くもりなき 二名の島の 金山に みのりの光 かがやくを見よ」と御詠歌にある。この寺の売店で、ブログを楽しんでいる末広絵美さんと歓談した。

 別格9番札所・文殊院(松山市)へ。寺の住職は、原子力発電の事故を述べて、文殊等の仏の名前を原発に使用する事に怒りを感じる。仏教は、何も悪い事していない。「けしからん!」と話された。

 36不動は、18番浄土寺、19番玉蔵寺、20番光林寺、21番満願寺、21番興隆寺まで参拝。別格11番の生木地蔵にたどり着いたのは5時15分。寺は閉鎖されていたために、それから我が家に帰宅した。午後6時半であった。

2011年4月14日 四国36不動21番満願寺 今治市 2011年4月15日別格14番椿堂 四国中央市川滝町
2011年4月14日 別格9番文殊院 松山市恵原町 2011年4月14日 36不動19番玉蔵院 松山市
2011年4月14日 36不動18番浄土寺 愛媛県東温市 2011年4月14日 別格9番文殊院 松山市恵原町
20111年4月14日 別格7番出石寺 大洲市 20111年4月14日 別格7番出石寺売店 大洲市
2011年4月14日 別格6番龍光院 宇和島市天神町 2011年4月14日  別格8番十夜ヶ橋  大洲市


2011年4月13日(水)              走行400kmの参拝

最初の宿泊先・民宿坂口屋


別格4番鯖大師本坊


室戸岬にある中岡慎太郎銅像
 ホームページの更新をするために、起床は午前4時となった。やはり、自宅でデスクトップのパソコンを使っての更新とは違って不十分さを感じる。特に、インターネットの設備がない宿泊施設の場合は、時間が要する。

 昨夜の投宿・民宿「坂口屋」(阿南市加茂町)は、安く泊まれたがパソコン設備がないために苦労した。午前7時半に宿を出て、36不動霊場14番札所「正光寺」(徳島県那賀郡那賀町)へ8時に参拝。その後、鯖大師へ近道を試みる。

 ところが、道路工事で通行制限にかかる。その為に無駄足を踏むことになり、別格4番鯖大師本坊(海部郡海陽町)には11時前となった。鯖大師の住職によれば、「東日本大地震」で参拝が半分程度に減少したと話された。

 昼食は不動霊場15番極楽寺(高知県安芸市)付近の「レストラン屋流」で午後1時半となった。続く不動16番も「極楽寺」(高知市新屋敷)と続く同名寺。不動17番「宗安禅寺」も高知市内にある。此処の住職は不在のため勝手に参拝。

 13日の最終参拝寺は、別格5番大善寺(須崎市)。この寺は高台にあり、参拝用モノレールもある。終了は午後5時、次の訪問先である愛媛県宇和島市にある龍光院までは約90km。1時間半ほど走って、ホテルには午後6時半到着。

 本日の走行距離を林さんに尋ねると、約400kmとの話。後ろに乗車しているだけで疲れたのに、運転する人はもっと大変だ。感謝!感謝!お世話になりました。同行2人、無事に参拝ができていることも、お大師さんに感謝!

2011年4月12日(火)           不動36番霊場と別格20番参拝
 
 晴天にめぐまれた12日、四国36不動霊場巡拝と四国別格20霊場の巡拝へ。この日の起床は4時半。朝食は5時半にすませ、5時40分からウオーキングへ。6時半に帰宅した後、7時に我が家を出発した。

 最初の巡拝は、桜花爛漫の5番不動霊場密厳寺。早朝にも関わらず近藤住職夫妻から結構なおもてなしを受けた。「剣、索、火焔」でもって、いかに難しいことでもお救い下さるお不動さまを参拝。幸先のよいスタートとなった。

 15番別格箸蔵時は「春の大祭」日であった。6番不動院(井川町)、7番加茂不動院(東みよし町)、8番長善寺(東みよし町)、3番最明寺(脇町)、9番明王院(山川町)、2番明王院(阿波町)、1番大山寺(上板町)は標高480mにある。

 大山寺の400年の伝統ある「力餅」大会は有名である。10番東禅寺(石井町)、11番童学寺(石井町)は別格の2番でもある。弘法大師が幼名を神童と号せられし頃、童学寺に学問修業を極めた寺。13番密厳寺(徳島市不動)。

 12番建治寺(徳島市入田町)は、名称は「こんじじ」と読む。ナビが機能せず道に迷った。本日の最終参拝寺は、別格3番慈眼寺(じげんじ・上勝町)、5時30分の到着となり、大森住職夫妻には、ご迷惑をおかけした。

 参拝の旅程が強行軍で、ドライバーの林菊雄さんにはご迷惑をおかけした。宿泊は阿南市にある遍路宿・坂口屋に到着したのは午後6時45分。12時間を超える長旅となった。

   

  5番不動霊場の密厳寺近藤住職    四国不動36不動霊場5番密厳寺    四国不動36不動霊場3番最明寺


   

 四国不動36不動霊場13番密厳寺     四国別格20霊場3番慈眼寺    別格20霊場3番慈眼寺大森住職夫妻

■  四国霊場88ヶ所「逆打ち」  ■
2012年11月8日(木)            逆打ち遍路無事結願

 800mをこえる高野山。モミジは美しく紅葉している。その高野町の宿坊・「蓮花院」で、朝方、部屋の温度が低いので目を覚ました。部屋には、電気ストーブの備えがあったが、それでも肌寒さを感じた。

 朝6時半から、蓮花院住職・東山泰清氏による「御勤め」に参加させて頂いた。約30分の勤行後、大僧正である東山住職から、由緒ある「蓮花院」の説明があった。蓮花院は1200年前の弘仁8年に、弘法大師が創建。

 蓮花院は、徳川家康の菩提寺で、徳川御三家をはじめ、全国の武将が祀られている。蓮花院は「神と仏」の両方を祀っているので、そのため住職は神職も兼ねている。蓮花院の正門には、徳川家の家紋「三つ葉葵」が掲げていた。

 朝食後、大師がおられる「奥之院」へ。信仰の中心となる2kmの参道には、樹齢数百年もの杉木立が茂っている。参道には名だたる武将・諸大名から有名企業の墓碑、さらには、動物の慰霊碑まで20万基以上もあるようだ。

 奥之院の境内に木漏れ日が差し込み、神々しい雰囲気が漂う。肌寒さもともなって身震いを感じた。「逆打ち」を始めて10日、高野山奥之院で結願(けちがん)。「願い事」でなく感謝をするのだと教えられた遍路の旅も無事終了した。

2012年11月8日
   高野山・大門前で記念撮影
    和歌山県高野町高野山
2012年11月8日
   高野山・総本山金剛峯寺前で記念撮影
   和歌山県高野町高野山
2012年11月8日
   高野山・総本山金剛峯寺前で記念撮影
   和歌山県高野町高野山
2012年11月8日   高野山・中の橋参道前で記念撮影    和歌山県高野町高野山 2012年11月8日   高野山・奥の院参道前で記念撮影    和歌山県高野町高野山
2012年12月8日 蓮花院(れんげいん)大僧正・東山泰清住職と記念撮影 和歌山県高野町高野山 2012年12月8日 蓮花院(れんげいん)大僧正・東山泰清住職と記念撮影 和歌山県高野町高野山
2012年12月8日  蓮花院(れんげいん)大僧正・東山泰清住職と記念撮影      和歌山県高野町高野山 2012年12月8日 蓮花院(れんげいん)大僧正・東山泰清住職と記念撮影 和歌山県高野町高野山
2012年11月8日   蓮花院(れんげいん)の正門の家紋は「三つ葉葵」    和歌山県高野町蓮花院 2012年11月8日 蓮花院(れんげいん)の正門で「三つ葉葵」をバックに撮影 和歌山県高野町蓮花院
2012年11月8日 蓮花院(れんげいん)における早朝のお勤め    和歌山県高野町蓮花院 2012年11月8日 蓮花院(れんげいん)で早朝のお勤め後の撮影  和歌山県高野町蓮花院
2012年10月31日(水)             人生は遍路なり

 手元に、「歩き遍路」という本がある。サブタイトルは、「土を踏み 風に祈る それだけでいい」と書かれている。著者の辰野和男氏は、朝日新聞の記者。1930年の生まれで、「歩き遍路」を3回経験している。

 あとがきに、「何日も何日もへんろ道を歩いていると、『土を踏む』という言葉と、『風に祈る』という二つの言葉が心に響くようになった。」と。そして、「直立二足歩行をはじめたからこそ、ヒトはヒトになった。」と述べている。

 「歩き遍路」は、ヒト科の動物が歩いてきた歴史をすなおにたどることであり、いいかえれば、電車や自動車を生み出した「近代」に反逆する事でもある。そうだ、歩くことは「反逆なのだ」と記している。

 「歩き遍路」は、実にたくさんの「お接待」をいただくことで、「ありがとう」という感謝の思いが身内にひろまってくる。そして、感謝というごく当たり前ことが、実は、人間が人間が生きる上で根源的に大切なものだということを学ぶ。

 それがお遍路だ。「土を踏む」という言葉が、何百年前にさかのぼるのに対して「風に祈る」は、風そのものだけではなく、空・風・火・水・地という宇宙を象徴する言葉として使ったと。「人生は遍路なり」の言葉が頭に浮かんだ。
012年10月30日(火)           逆打ち参拝無事結願

 10月19日〜本日までの8日間、四国霊場88ヶ所車による、「逆打ち参拝」を無事に終えることができた。すべては、「お蔭さん」である。特に名ドライバーの林菊雄さんには、安全・安心をモットーに何事もなく、お世話になりました。

 30日は、ゆっくり、ゆったりした時間でスタートした。それでも、午前中に巡拝のすべてを終了した。我が家を午前8時すぎに出発、最初の巡拝寺は7番札所十楽寺、6番札所安楽寺、5番札所地蔵寺、4番札所大日寺。

 3番札所金泉寺、2番札所極楽寺、結願寺となった1番札所「霊山寺」(鳴門市大麻町)のすべての終了時刻は、12時12分となった。これからも、「イチニ、イチニ」で頑張れよ!と言わんばかりの終了時刻だ。

 霊山寺の境内にある「泉水池」には、90cmはあろうかという錦鯉が悠々と泳いでいた。「ホッ」としたのか、空腹が騒いだのか、気が付いたら道中を供にした「杖」を忘れて帰宅した。高速道路で思いだしたがもう間に合わない。

 結論は、後日、霊山寺にお参りして貰うことにした。よく、巡拝先で「杖」を忘れて、お寺さんの「杖立てに」あるのを見かける。私もそのメンバーの一員になったようだ。まあ、無事息災であったので赦して下さい。
2012年10月30日 四国霊場逆打ち1番霊山寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち1番霊山寺
2012年10月30日 四国霊場逆打ち2番極楽寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち1番霊山寺
2012年10月30日 四国霊場逆打ち4番大日寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち3番金泉寺
2012年10月30日 四国霊場逆打ち参拝5番地蔵寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち5番地蔵寺
2012年10月30日 四国霊場逆打ち参拝6番安楽寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち6番安楽寺
2012年10月30日 四国霊場逆打ち参拝7番十楽寺 2012年10月30日 四国霊場逆打ち7番十楽寺
2012年10月29日(月)         逆打ち参拝7日目

 今日、明日(30日)の2日間で、四国霊場88ヶ所の「逆打ち」巡拝も終了することになる。本日(29日)は我が家を7時にスタートし、最初の巡拝先17番札所井戸寺には8時半過ぎに到着した。

 この18番井戸寺は、弘法大師が水不足に苦しむ村人を哀れみ、一夜のうちに錫杖で井戸を掘った事にちなんで「井戸寺」となった。その井戸は『面影の井戸』として現存している。16番観音寺、15番国分寺、14番常楽寺。

 18番の井戸寺から13番大日寺までの五ヵ寺は徳島市内にある。12番の焼山寺は、名西郡神山町にあり、車で走っても40分ぐらい要する。この山に大蛇が棲んでいて人や農作物に火を吐いて害を与えていたのを大師が退治した。

 焼山寺は、山門に入って、なだらかな杉木立の参道を歩いてお参りする。境内には樹齢300年から500年と言われる巨大な杉の木がそびえ立っている。5年前、「歩き遍路」した時に、寄付した燈籠もあった。

 11番藤井寺、10番切幡寺、9番法輪寺、8番熊谷寺まで巡拝し、本日の打ち止めにした。明日は。7番から始めて1番霊山寺(りょうぜんじ)ですべて終了する。切幡寺では写真撮影が不十分であったので再度撮影した。
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝8番熊谷寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち8番熊谷寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝10番切幡寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち9番法輪寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝11番藤井寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち10番切幡寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝12番焼山寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち12番焼山寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝12番焼山寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち12番焼山寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝13番大日寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち13番大日寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝15番国分寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち14番常楽寺
2012年10月29日 四国霊場逆打ち参拝17番井戸寺 2012年10月29日 四国霊場逆打ち16番観音寺
2012年10月26日(金)          3泊4日の逆打ち巡拝

 23日、今治市の59番札所国分寺をスタートした3泊4日の「逆打ち」巡拝も、本日(26日)、小松島市の18番札所恩山寺で終了した。4日間で42ヶ所の札所を巡拝した。一日平均10ヶ所の参拝になる。

 23日、7時に出発して約1時間半要して国分寺に到着。最初の1日は、雨模様で傘が必要であったが、その後は天候に恵まれ、爽やかな気分で3日間を終えることができた。残すところ、17ヶ所の巡拝だから、2日で結願する。

 26日、27番神峯寺(こうのみねじ)には、7時半に到着。順調に26番金剛頂寺(こんごうちょうじ)、25番津照寺(しんしょうじ)、24番最御崎寺(ほつみさきじ)が、高知県最後の札所で、午前11時ごろ参拝を終えた。

 それから、1時間半あまり走って徳島県の23番札所薬王寺についた。昼食は東洋町の「海の駅」で、「おにぎり」を食べた。薬王寺は厄除けを祈願するお寺として有名。いまは、仁王門の修理中であった。

 つぎに、22番平等寺、21番太龍寺は、ローウェーができて20年、大変便利に参拝ができる。ご本尊が昨年の台風で壊れたために修理中で、仮の場所で参拝した。20番鶴林寺、19番立江寺、18番恩山寺で打ち止めにした。

  恩山寺巡拝終了は午後4時であったが、55号バイパスが混雑していたので、文化の森経由で石井町から吉野川市鴨島町へ。途中で夕食を食べてから、土成インターで高速道に乗り、午後7時我が家に到着した。

2012年10月26日 四国霊場逆打ち参拝19番立江寺 2012年10月26日 四国霊場逆打ち18番恩山寺
2012年10月26日 四国霊場参拝太龍寺ロープウエー乗り場 2012年10月26日 四国霊場逆打ち20番鶴林寺
2012年10月26日 四国霊場逆打ち参拝21番太龍寺 2012年10月26日 四国霊場逆打ち21番太龍寺
2012年10月26日 四国霊場逆打ち参拝23番薬王寺 2012年10月26日 四国霊場逆打ち22番平等寺
2012年10月26日 四国霊場逆打ち参拝25番津照寺 2012年10月26日 四国霊場逆打ち24番最御崎寺
2012年10月26日 四国霊場逆打ち参拝27番峯寺 2012年10月26日 四国霊場逆打ち26番金剛頂寺
2012年10月25日(木)              順打ちと逆打ち

 日本一「清流」といわれている四万十川の最下流、「四万十の宿」(四万十市下田)を7時半に出発。約1時間半走って、本日(25日)最初の巡拝先「37番札所岩本寺」に9時前に到着。すでに、多くの巡拝者が参拝していた。

 その中に、顔見知りの方を発見した。今年、三好市役所を定年退職した尾田さん夫婦ら4人が、「逆打ち参拝」をしていました。尾田さんは、「今朝早く山城町上名を出発し、岩本寺まで来られた」と話された。

 「順打ち」は、四国霊場88か所を巡拝する場合、徳島県鳴門市の1番札所霊山寺(りょうぜんじ)から2番、3番と順次巡拝することをという。「逆打ち」とは、香川県にある88番札所大窪寺から87番、86番と逆に巡拝することである。

 岩本寺から1時間あまり走り35番札所清滝寺に着いた。車の順路がよいという事で36番札所清龍寺(せいりゅうじ)へと巡拝。34番種間寺(たねまじ)、33番雪けい寺(せっけいじ)、32番禅師峯寺(ぜんしぶじ)、31番竹林寺を巡拝。

 その後、30番札所善楽寺、29番札所国分寺、28番札所大日寺を巡拝し、打ち止めにした。終了は午後4時、それから1時間あまり走って、本日の宿泊先・安芸郡田野町にある「二十三士温泉」に、午後4時到着となった。

 お風呂で、順打ちの「歩き遍路」をしている39歳の男性に出会った。男性はお風呂に入るのは10日目にして初めてと話された。テント生活をしながら巡拝をしている彼は、お風呂から出ると、宿に泊まることもなく遍路の旅に出発した。

2012年10月25日 四国霊場逆打ち28番大日寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち28番大日寺
2012年10月25日 四国霊場逆打ち30番善楽寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち29国分寺
2012年10月25日 四国霊場逆打ち参拝31番竹林寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち31番竹林寺
2012年10月25日 四国霊場逆打ち参拝32番禅師峰寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち32番禅師峰寺
2012年10月25日 四国霊場逆打ち参拝34番種間寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち33番雪けい寺
2012年10月25日 四国霊場逆打ち36番青龍寺 2012年10月25日 四国霊場逆打ち36番青龍寺
2012年1月25日 四国霊場逆打ち参拝37岩本寺 2012年1月25日 四国霊場逆打ち35番清滝寺
2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝39番延光寺 2012年1月25日 四国霊場逆打ち37番岩本寺
2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝38番金剛福寺 2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝38番金剛福寺
2012年10月24日
42番札所仏木寺前で
宇和島ケーブルテレビの
インタビューを受ける
  
2012年10月24日
四国霊場逆打ち参拝
40番観自在寺
2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝42番札所仏木寺 2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝41番龍光寺
2012年10月24日 四国霊場逆打ち参拝43番明石寺 2012年10月24日 42番仏木寺前のコスモス街道
012年10月23日(火)           大先達「622回」に遭遇

 朝7時、我が家を妻と共に出発。本日から3泊4日のスケジュールで、四国霊場88か所の「逆打ち」で参拝する。午前8時半、第59番札所国分寺に到着。家を出てからずーっと雨が降り続いており、やむ気配がない。

 国分寺は、聖武天皇の勅願によって天平13年(741)年、行基菩薩が開創した。第58番札所仙遊寺、第57番札所栄福寺、第56番札所泰山寺、第55番札所南光坊、第54番札所延命寺で、大変素晴らしい「御札」を発見した。

 それは、四国霊場を「622回」参拝している「御札」であった。大阪市城東区在住の「福田祐峯」先達のものであった。この方にお会いしたいと、「逆打ちで」追いかける事になった。今治市内の参拝寺はすべて終了し、松山市内へ。

 第54番札所延命寺(えんめいじ)から50分走って松山市内に入り昼食となった。午後は第53番札所円明寺(えんみょうじ)、第52番札所太山寺(たいさんじ)、第51番札所石手寺(いしてじ)は、反戦寺として有名。第50番札所繁多寺。

 第49番札所浄土寺、第48番札所西林寺、第47番札所八坂寺、第46番札所浄瑠璃寺(じょうるりじ)で、ついに、「622回」巡拝の「福田祐峯」大先達にお会いできた。そして、記念写真も一緒に撮影させて貰った。

 福田大先達は87歳であるが、とても若く70歳といっても通用する。70歳から霊場回りを始め、今では1年に40回ほど巡拝すると話された。これで松山市内の巡拝を終えて、久万高原町へ。第45番札所岩屋寺は車を止めてから20分歩く。

 断崖絶壁の山の中にある。第44番札所大宝寺(だいほうじ)で、本日の日程はすべて終了した。宿泊は岩屋寺の近くにある国民宿舎「古岩屋荘」にお願いした。午前中で雨も止み、午後から傘が不要になったので楽になった。

2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝45番岩屋寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝47番八坂寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝44番大宝寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝45番岩屋寺
2012年10月23日
四国霊場逆打ち参拝46番
浄瑠璃寺で大先達「622回」巡拝した福田祐峯氏と記念撮影
2012年10月23日
四国霊場逆打ち参拝46番浄瑠璃寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝48番西林寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝46番浄瑠璃寺で大先達「622回」巡拝した福田祐峯氏と記念撮影
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝50番繁多寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝49番浄土寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝52番太山寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝51番石手寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝53番円明寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝53番円明寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝55番南光坊 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝54番延命寺
2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝57番栄福寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝56番泰山寺
2012年10月23日四国霊場逆打ち参拝58番仙遊寺 2012年10月23日 四国霊場逆打ち参拝57番栄福寺
2012年10月20日(土)         四国霊場逆打ち参拝2日目

 四国霊場88ヶ所逆打ち2日目(20日)、我が家の出発は午前7時半となった。第71番霊場・弥谷寺(いやだにじ)の到着は午前8時半。車を降りてから歩く道のりは長い。特に、階段が多いので、高齢者、病弱者には大変だ。

 第70番本山寺、第69番観音寺、第68番神恵院(じんねいん)と第67番大興寺は一つのお山にアベック札所で有名。第66番霊場は一番高い927m、雲の辺りにあるという意味の雲辺寺。昼食はロープウエー乗り場で食べた。

 「そば定食」を食べたが、大変美味しかった。運転手の林さん、妻も異口同音だった。讃岐平野と比べて7度ぐらいの温度差があり、夏は大変涼しい。本日は肌寒さを感じたが、ロープウエーの優待券を頂いたので、ホクホクでした。

 第65番三角寺、第64番前神寺、第63番吉祥寺、第62番宝寿寺、第61番香園寺(こうおんじ)。本日の打ち止めは第60番横峰寺となった。お納経を終えて駐車場に辿り着くと、お婆ちゃん(82歳)が、お爺ちゃんらが行方不明と嘆く。

 話によれば、本日の昼ごろ、車に3人が乗車し横峰寺へ。お婆ちゃんは足が不自由なので、駐車場で待っていたがお爺ちゃんらは横峰寺へ行ったまま帰ってこないとのこと。数時間経過しているので、警察が捜索中だった。
2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝60番横峰寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝59番国分寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝61番香園寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝61番香園寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち63番吉祥寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち62番宝寿寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち64番前神寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち64番神前寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち66番雲辺寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち65番三角寺
2012年10月20日 霊場逆打ち千代差に出会う観音寺市 2012年10月20日 四国霊場逆打ち66番雲辺寺
2012年10月20日 68番神恵院・69番観音寺参拝 2012年10月20日 四国霊場逆打ち67番大興寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝69番観音寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝68番神恵院
2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝70番本山寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝70番本山寺
2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝71番弥谷寺 2012年10月20日 四国霊場逆打ち参拝71番弥谷寺
2012年10月19日(木)          四国霊場88ヶ所「逆打ち」

 今日は(19日)、四国霊場88ヶ所参拝の出発日。これまでも、霊場周りはたくさん経験したが、このたびは「うるう年」と言うことで、「逆打ち」による参拝を行うことにした。

 拙宅を午前7時に出発、高速道を使って脇町まで走り、それから88番札所「大窪寺」まで約1時間で到着した。すでに、多くの皆さんが参拝されていた。門前の店主によれば、今年は参拝者の90%が「逆打ち」との事でした。

 「逆打ち」については「衛門三郎」が、21回四国遍路した後、逆に回って大師とあった伝えによりますが、「逆打ち」は「生まれ変われる」とか「死者に会える」とも言われる。

 午前中は、88番「大窪寺」、87番「長尾寺」、86番「志度寺」、85番「屋栗寺」、84番「屋島寺」、83番「一宮寺」を参拝。午後からは82番「根香寺」、81番「白峯寺」、80番「国分寺」、79番「高照寺」、78番「郷照寺」、77番「道照寺」。

 76番「金倉寺」、75番「善通寺」、74番「甲山寺」、73番「出釈迦寺」、72番「曼荼羅寺」の10ヶ所の参拝。午後5時の「お納経」の締め切り5分前まで参拝した。すべて、上手く行ったのは名ドライバー林菊雄さんの「お蔭」でした。
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝72番曼荼羅寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝78番郷照寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝74番甲山寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝73番出釈迦寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝75番善通寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝75番善通寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝77番道隆寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝76番金倉寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝79番高照院 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝77番道隆寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝82番根香寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝81番白峯寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝80番国分寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝80番国分寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝83番一宮寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝83番一宮寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝84番屋島寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝84番屋島寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝・平賀源内の墓 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝85番八栗寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝87番長尾寺 2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝86番志度寺
2012年10月19日 四国霊場逆打ち参拝88番大窪寺